異端者がイノベーションを起こす――第12回【前編】

千人回峰(対談連載)

2007/08/06 00:00

水野博之

松下電器産業 元副社長 水野博之

ゲスト:松下電器産業元副社長 水野博之 VS ホスト:BCN社長 奥田喜久男  水野博之さんには、週刊BCN1996年10月7日号の「知恵と汗が描くロマンの谷」を皮切りに、通算346回にわたってコラムを執筆していただいた。169回までの分は「大航海時代 ニューフロンティアを求めて」と題して当社より05年8月に、後半は「異端のすすめー乱世を生き抜く企業家たちの軌跡」と題してセルバ出版から2004年9月に発刊された。「松下電器産業の副社長を退いてからよけい忙しくなった」と超多忙な様子。頂戴した名詞には多様な肩書きが並ぶ。尽きせぬ知識欲、行動力には目を見張らせるものがある。やはり異端者の一人だ。私もあやかりたい、とつくづく思う。【取材:2007年5月17日、BCN本社にて】

 「千人回峰」は、比叡山の峰々を千日かけて歩き回り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借しました。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れることで悟りを開きたいと願い、この連載を始めました。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
株式会社BCN 社長 奥田喜久男
 
<1000分の第12回【前編】>

※編注:文中の企業名は敬称を省略しました。
 

「イノベーション25戦略会議」の黒子役

 奥田 イノベーション25戦略会議の「中間とりまとめ~未来をつくる、無限の可能性への挑戦~」を読んでいたら、基本的考え方のなかに、「『異(異能、異端)』が大事なのである。(中略)世界の歴史を見ても成熟した企業や社会では破壊的“イノベーション”は起こりにくく、変革を起こしたのは“異”であり、“時代の変人”なのである」という主張がありました。

 あれっ!? これってどこかで読んだぞと思った時、水野先生の顔が浮かんできました。週刊BCNに連載した後、単行本になった「大航海時代」「異端のすすめ」で先生が主張しておられたことと同じじゃないかと思ったんです。

 水野 じつは、報告書には私の名前は出ていないんですが、座長である黒川清さんの黒子としてお手伝いしたんですよ。

 2006年に発足した安倍内閣では、イノベーション担当大臣というポストが新設され、高市早苗さんが初代大臣になりました。そのミッションは、(1)日本社会に新たな活力をもたらし成長に貢献するイノベーションの創造に向け、2025年までを視野に入れた長期の戦略指針「イノベーション25」を策定する、(2)2007年2月末を目途に中間報告をまとめ、その中間報告の成果を元に、総合科学技術会議などと協力しながら、戦略的なロードマップを策定して欲しい――というものでした。

 それで私もお手伝いしたのですが、イノベーションとは“組み合わせ”“結合”だと私は考えているんです。既存のものを組み合わせることによって新しい便益を産む。これは、シュムペーターというオーストリア生まれの経済学者が主張していたことです。私もその通りだと思います。

 それを日本では“技術革新”と訳してしまった。その結果、大変な革命的技術でも発明しないことにはダメなんだという誤解が生まれてしまいました。非常に残念なことです。

 奥田 「技術革新」という言葉の裏にそんな事実があったことは知りませんでした。

 水野 結合というのは、今あるコンセプトに何かを付け加えていくことだと言い換えてもいい。その組み合わせが異質であればあるほど、意外なものが生まれてくるかもしれません。

 そして、イノベーターとしては、必死にというか、決死の覚悟で挑戦し続けたものが勝者になるわけですが、その過程では異端者にならざるを得ないこともある。狩猟民族であった欧米ではそうした異端者を許容する風土がありますが、農耕民族の日本は異端者を排斥してしまう。そうではなく、異端者や出る杭を叩くのではなく、伸ばす社会をつくっていかなければならない。そんなことを主張してきたんですが、ある程度は反映されたかなと思います。

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