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先進的なプログラミング教育「旭川モデル」の下村幸広先生、eスポーツでチャレンジ促す

インタビュー

2021/09/28 17:00

 新学習指導要領に先駆けたプログラミング教育として注目される「旭川モデル」の生みの親、下村幸広先生は現在、旭川龍谷高校でeスポーツ同好会の顧問を務めている。実は自身も30年前に大会に出場するほどゲーマーだった下村先生が、eスポーツを通じて何を伝えようとしているのか。チャレンジから得られる経験を大切にする、という方針が生まれたきっかけから語ってもらった。

下村幸広先生
(2016.1.28 /東京・千代田区のBCN22世紀アカデミールームにて 撮影/長谷川博一)

── プログラミング教育につながりがあるからと、eスポーツに目を向けられたのでしょうか。

下村幸広先生(以下、敬称略) プログラミングをやっていてeスポーツへ、というわけではないんです。実は、私は1994年に「スーパーストリートファイター2」で両国国技館の大会に出場したことがあります。帯広で働いていたときですね。十勝大会で優勝して出場したんです。

── え!? では、すでにゲームを競技としてとらえる文化をお持ちだったのですね。

下村 そうですね。94年ですから、今から27年前。ゲームというものの競技性みたいなのにはずっと触れていて、その後もオンライン上で、たとえば競走馬育成ゲームの大会に出るなど続けていました。なのでeスポーツに目をつけてということではなく、もともと私自身がeスポーツ選手なんですよ。今でも対戦ゲームは続けています。

── 今はどんなタイトルに取り組んでいらっしゃるのでしょうか。

下村 今は「World of Warships」というのをプレーしています。架空のものも含めたさまざまな戦艦で、砲弾を撃ち合うゲームですね。もうすでに1万試合以上やっています。へビーユーザーというのでしょうかね。

── では、ゲーム好きが高じてプログラミングに興味をもったのでしょうか。

下村 そういったストーリーがあると話が盛り上がるのですが、単に偶然です。転勤した際に担当が「情報技術」の学科になりました。偶然とはいえ、子どもの頃に父親がパソコンを買ってくれたり、本に載っているプログラムを動作させたり、といったことはしていたので、キーボードに対して違和感もなく、コードに対しても慣れていました。

 ただ、教えるとなるとやはり一段高いレベルが求められるので、改めて勉強し直しました。自分でプログラムを書くのは楽しいので一生懸命書いていた、その結果ですかね。もともと好きだった血に転勤で火がついたんだと思います。

── 今年の4月から旭川龍谷高校に勤めていらっしゃると伺いました。そちらにも情報の先生として入ったのでしょうか。

下村 実はeスポーツ部を立ち上げるため、ということで声がかかりました。旭川龍谷高校はeスポーツの部活を始めたいと考えていたのですが、知識や経験やノウハウがなかったわけです。ちょうど私はその一年ほど前に「旭川のeスポーツを考える会」というのを立ち上げて、その初代の会長というか取りまとめ役をしていたのです。その時はサードウェーブさんにもご協力いただきまして。講演などをしていたので「下村という人が旭川にいる」というのは分かっていたようです。

── とすると、高校ではひょっとして「eスポーツの先生」という認識で受け止められていたりするんですか?

下村 そうです! そうです! 生徒の中には「eスポーツで来た」と思っている人もいるんじゃないですか?

── そういったな採用の形があるんですね。

下村 私立高校ですからね。これだと思ったことに対して即決断できるというのは強みだと思います。本来であれば私はeスポーツ部一本でやるはずだったのですが、部だけやるよりも生徒と“授業”という接点があったほうが部活もうまく行くだろう、というのが体験的にあったので、あえて授業をやらせてください、とお願いしました。

 今後プログラミング教育も力を入れなければならない、ということもあり、現在週8コマ授業を持っています。ちょっと多かったかな……そんなに頑張らなくてもよかったかなと思っていますが(笑)。
 
下村先生が立ち上げたeスポーツ同好会で活動する生徒

── そして現在eスポーツ同好会で活動していると。

下村 学校のシステム上部活になるためには同好会からスタートしなければいけないんです。現在部員が7名の体制です。授業を行うメリットはここだなと思ったのは、生徒から「eスポーツって何やってるんですか?」と、授業中にたびたび質問があるんですよ。興味津々でいつも聞かれています。

── 授業が広報活動にもなっているわけですね。

下村 ただ場所とか機材とかの問題があるので、現状あまり人を多く受け入れられない。「こういうことをやっているよ」というのですが、来た生徒には残念ながら「貸し出せるパソコンがないんだよね」と言わざるを得ないのが現状です。

── eスポーツの高校生活への影響を懸念する声もあるかと思いますが、先生はどう思われますか?

下村 私はちょっと天邪鬼な性格なのか、学校が駄目ということに対して「ちょっと待て」というところがありまして。たとえばスマホが禁止とか、古くはエレキギターとか、バイクだとか、テレビ番組もターゲットになったことがありました。結局ダメだと言っていることは後々非常に発展・普及しているわけです。

 それについてもう一つ思うのが、子供たちと長く触れ合っているうちに気になりだしたのですが、「キミは何が好きなんだ?」という話をすると、子供たちは「ゲーム」と言うことを恥ずかしがる、というか隠したがるんですよ。大人から否定された経験をたくさんしているからですね。

 そういう姿を見ているとムズムズします。好きなものを好きと言って何が悪いんだ、と。本当は「声優になりたい」と言いたいんだけど、嘘をつくというか、否定されたくないから大人の顔色を見たような答えを言う子がたくさんいるんですよね。

── 多くの人が経験ありそうですね。

下村 「自分の本当に頑張れることで頑張れよ」と日ごろから思っています。人生一回しかないんだし、やりたいことに頑張ってチャレンジして、もしダメでもこの国ならなんとかやっていけるよ、と。むしろ、そういう自分を押し殺して仕事をしたとしても、結局は心を病んで続かないなんて姿をたくさん見て来ました。若さの特権というか、やりたいこと突き進んでやらせてあげたい、好きなことを腹一杯やらせてあげたいと思うことがあるんですよね。

 それでeスポーツという題材が出て来たときは、ご存知のようにみんな好きです、調査をしてもeスポーツ関係の仕事に就きたいという子供はいっぱいいます。そこで「やらせない」と大人が蓋をしたり、隠したりしても今までと同じことになってしまうだろうなと思うから、ここは戦うとこだなと思って「やろう!」と決意しました。

── がんばることに意義がある、ということですね。

下村 突き詰めてやってみて、うまくいくかどうかは本人次第だけれど、ただ単に遊びたいというのではなく、ゲームという道を極めたいという真剣な気持ちがあるのだったら、それをまずやってみる。その向こうには挫折だったり、うまくいったりと色々なことがあるだろうけれど、そこも含めて教育なんじゃないか、と思うのです。

 実際に教師経験のなかでも体験してきました。情報技術で卒業課題研究と言って卒業のときに成果物を作るような授業があります。多くの生徒はゲームを作るんですよ。そこでぶつかる大きな壁が数学だったり、英語だったりして、そこで勉強を始める、という状況をよく見かけました。

 「数学の知識が足りなくてここができない」と。画面上にものを表示するには三角関数なしでは無理です。一個ずつ移動する場所を書くなどということはできないので、式で表現しないといけない。そういった体験を通して、今、生徒自身がやらなきゃいけないことを具体的に見いだすことができるのだと思っています。

──自分のやりたいことのために何をすればいいのか、という思考が生まれるようになりますね。

下村 そういうところにたどり着くのをたくさん見てきました。大人はどうしても悪いところばっかり見たくなるんですけれど、自分は良いところを見てやろうと。天邪鬼な性格なもので(笑)。

 今注目しているのは、ある大会に競技プログラミング部門というのが出来たことです。そういった流れを見ていると、eスポーツの「ゲームでドンヒャラ」みたいな感じからプログラミングというアカデミックな方向にシフトすることで、いろいろな人の覚えも良くなるのかなということを感じています。

 「eスポーツとプログラミング」というテーマについてはもうちょっと深掘りしていきたいなと思っています。どちらかというとプログラミングの方が得意なので。

── 具体的にはどのようなことをお考えですか。

下村 e スポーツ同好会の中に競技プログラミングに参加するような内部チーム作ろうと思います。実際にもうプログラミングの勉強を部内で始めています。ちょうど一年生ばかりなので、U16プログラミングコンテストに出場させようと思っています。来年以降はパソコン甲子園とか色々大会があるので、そこを視野に入れています。

──  PCを使うので、その派生でプログラミングにも興味を持つ人がいる、という事でしょうか。

下村 いえ、生徒からではなく、こちら側からのアドバイスです。本校の特色として学力の高い人が多いんですよね。「君のあの学力・数学力を殺すわけにはいかない」とかおだててプログラミングに引きずり込みます。「世の中を変える可能性があるぞ」とか、「Facebookもゼロから出来たんだぞ」、「キミが自動車メーカーを作るのは無理かもしれないが、Googleは作れるかもしれないぞ」と唆しています(笑)。

── すごい殺し文句ですね。

下村 高校生の時に興味の範囲が広がって、将来ゲームを作るとか世の中を変えるような技術を生み出すとか、そういう流れが長い歳月の果てに生まれて来たらいいな、と思っています。華々しい世界ではないかもしれない。でもどうなるかは、本人の考え方一つですから。北風と太陽の話ではないですけれど、生徒たちが将来どんどんマントを脱いで行けるように、色々あの手この手で刺激与え続ける感じです。

── 新しいものを拒否してしまうのではなく、背中を押してあげるというのは素敵です。

下村 ゲームを頑張って自分はどこまでできるかやりたいとか、ゲームに興味があるんだ、というのは素直な気持ちだと思います。人間が成長していく上で青少年にある普通の欲求だと思うんですよね。腹を空かせた子には腹一杯飯食わせてやりたいのと同じです。そういう欲求のある子には、頑張れる場を作ってやりたい、というのが根本にあります。

── 部活でも新しい要素を取り入れるのでしょうか。

下村 新しいタイプの部活にしたいと思っています。絶対的指導者として先生がいて、「先生の指示に従っていれば強くなって、大会で勝てる」というのではなく、自分たちで目標を定めて、自分たちでそこに向かってどうすればいいかディスカッションを積み重ねる、といったことを大事にしたいと思っています。スポ根的に土日も部活という感じではこれからの時代成立しないかなと。

 今は部員たちに練習計画を全部考えさせて、夜八時からオンラインの練習をしています。ただ「時間と参加した人数だけは報告するように」と言っています。大人の目が入っているということ意識するのは大事だと思います。

 自分たちで決めているけど、実は先生が後ろにいるから安心してやっているという感じですね。何か批判されても教師が防波堤になってくれる。そういうポジションでいるのが一番いいんじゃないかなと思います。まあ試行錯誤ですけど。

 生徒には直接言っています。「なるべく指示したくないんだ」と。 「勉強とかもやれと言われたら急にやりたくなくなるだろ」って。やれって言われたらやりたくなくなるっていうのはあります。「やりたいという気持ちが一番大事だと思うし、勝ちたいという気持ちになるにはどうしたらいいかちょっと考えてみてくれ」と言っています。

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