ロボットやIoTが生活をどう変える?──変なホテルで考えた(後編)

特集

2017/12/19 20:00

 IoTやITの進展がライフスタイルに与える影響を研究してきた、マカフィーの執行役員でコンシューママーケティング本部の青木大知本部長とBCNの道越一郎チーフエグゼクティブアナリストは、長崎県佐世保市のハウステンボスにある1号店「変なホテル ハウステンボス」を訪れ、新たな生活スタイルのポイントや問題点を体験してみた。

▼前編から読む
https://www.bcnretail.com/news/detail/20171218_45130.html

■文系7人でも故障対応ができる仕組みを構築
近未来の生活スタイルが見える


 各部屋に設置されたコミュニケーションロボット「ちゅーりーちゃん」は、変なホテルの名物のひとつ。しかし、AIは搭載しておらず、今注目のAmazon Alexaなどに比べるとかなり原始的だ。聞き分けられるのは、「いま何時」「明かりつけて」「明かり消して」「明日の天気」など、およそ20の言葉に限られている。ただ、音声で機械とやりとりする体験は十分できる。
 

全室設置した「ちゅーりーちゃん」。誤動作などでうるさい場合は「黙ってて」と話しかけると、
すねたように顔を横に向けて言葉を発しないようになる。「しゃべっていいよ」と話すと、顔を正面に戻して復帰する

 ロボットが250台近くもあると、気になるのはメンテナンス。故障時の対応はどうするのか。しかも、長崎・佐世保と、ロボットメーカーの多い首都圏や大阪圏とはかなり離れている。修理を頼むにも時間と費用がかさむ立地だ。「地方企業がなかなかロボットの導入ができないのも、ここに問題があるから」(大江総支配人)。そのうえ7名の従業員はすべて文系。理系出身者は一人もいない。

 そこで、大江総支配人は「3段階の故障対策を採っている。第1段階は故障しないものを選ぶこと。次に、故障した際でもロボットメーカーによる遠隔操作によって修理できるようにすること。サービスマンに来てもらって修理するのは3番目の最後の手段」と説明する。
 

「変なホテル」のエントランス。れっきとしたハウステンボスの公式ホテルだ。
首都圏からの遠さはデメリットだが、広大な私有地が使えるというメリットも大きい

 「故障しない」とは、耐久性を重視するという意味だ。1日で2-3時間しか稼働できないロボットは採用しない。また、ボタンひとつで立ち上げ・終了ができる、シンプルな操作体系のものを採用することで、使用時に壊してしまうリスクを低減させる。

 それでも機械は故障する。その際は、メーカーとロボットとを回線でつなぎ、メーカー側でログ解析などができる環境を整えた。必要なら変なホテルの従業員が多少の操作をして、ロボットの修理にあたる。場合によっては、ハウステンボスの情報システム担当に応援を依頼し、メーカー対応を肩代わりしてもらって解決することもある。ここまでの対策で、ほとんどの問題は解決するという。

 こうしたメンテンナンスの工夫は、生活の中に高度なIoT機器があふれ、ロボットを活用するようになる、近い将来の一般家庭に生かせそうだ。シンプルな操作で壊れない。壊れてもリモートで修理が可能。いよいよとなったら出張修理。まさしく、近未来の高度なIoT機器やロボットなどの使いこなしのシーンのように思えた。

100%を求めたらロボットは導入できない

 ロボットの導入で気になるのは安全性だ。大江総支配人は「正直言って基準はゆるい」と打ち明ける。最低限の基準として「お客様が近づいたらロボットが先に止まる」ことだという。ロボットからぶつかっていかない仕様を満たしていれば、安全面はよしとする。「100%完璧を求めていては、いつまでたってもホテルでロボットは採用できない」と話し、安全性以外の部分も含め、ある程度の妥協は必要だと力説する。
 

屋外にひっそりとたたずむ芝刈りロボット。地味なところでもロボットが活躍している

 とはいえ、ロボット化しやすい部分、しにくい部分はある。それはいずれも「掃除」だ。窓拭きや床掃除は家庭にも広がってきているので導入しやすい。ただ、髪の毛1本取り残しのないロボットは存在しない。ここでも妥協と棲み分けが必要だ。共用部分は基本的にロボットが掃除を担当する。しかし、特に清掃に求められるレベルが高い客室の清掃は、外注のハウスクリーニングスタッフに依頼しているという。満室時に稼働するのは1日最高でおよそ15名だ。

 導入に失敗したロボットもある。ルームサービスロボットだ。客室まで料理を運ぶロボットで、開業当初からの導入を計画していた。しかし断念した。理由は防水だ。「変なホテル ハウステンボス」は、いくつもの棟に分かれており、渡り廊下で結んでいる。水に弱いロボットでは雨の日に別の棟に移動できず、使い物にならない。単に防水と言ってもロボットの世界ではハードルは高く、結局実現できなかった。開業当初運用していたポーターロボットの運用をやめたのも同じ理由だ。しかし、こうしたトライアンドエラーを続けてこそ、「変化し続ける」ホテルとして生き残ることができるのだろう。
 

開業当初から稼働させていたポーターロボット。
防水ではないため、雨の日や屋外の渡り廊下で動かせないことから、今年の9月で退役した

スマートキーやスマートスピーカー利用にあたっては「備え」も必要

 今後導入を検討しているというスマホを使ったスマートキーや顔認証システム、「ちゅーりーちゃん」に代表される音声コントロールシステムなどは、我々の身近な所で少しずつ実用化が始まっている。いずれもWi-FiやLTEを使ってインターネットと接続することが不可欠なサービスだ。スマートキーを実際に使うとなれば、カギの情報が第三者に漏れるようなことは防がなければならないし、Amazon Echoのようなスマートスピーカーを使って、家族の会話が第三者に盗み聞きされるような事態は絶対にあってはならないことだ。
 

部屋の廊下が屋外の渡り廊下になっている部屋も。
こうした環境では太陽光の影響で鍵が開きにくくなるなど、顔認証の精度が下がる場合もあるという

 そのためには、ますます個人情報の塊と化してきているスマホのセキュリティは、これまで以上にしっかり守らなければならなくなるだろう。ハッキングによって、単に情報を悪用されるだけでなく、実際に家に侵入できる鍵を奪われる結果にもなりかねないからだ。さらに、スマートスピーカーのような単体の機器がネットにつながるとき、どこでセキュリティを守るかも考えておく必要がある。機器上でのソフトか、その先のWi-Fiルーターか。あるいはプロバイダーか。いずれにしても、何らかの形での「備え」は必要になってくるだろう。だからといって、100%安全を求めて新たな技術の導入を拒むのもつまらないし、第一楽しくない。「備え」をしっかり整えながら、便利で楽しい生活を手に入れていくことが、賢い選択と言えるのだと思う。

「変なバー」は遠隔存在感メディアそのもの

 今年11月、ホテル内にオープンした「変なバー」も興味深い。テーブルやカウンターに置かれたタブレット端末に映し出される店員「アヤドロイド」と対話をしながらメニューを選んだり注文したりする。メニューは6種類のカクテルとビールとアルコールのみ。支払いはクレジットカードで、タブレット横にある端末を操作して決済する。これで、大まかな年齢確認を兼ねているという。
 

卓上の端末で決済した後、専用ベンダーからビールやカクテルをトルネード式の専用グラスに注ぐ

 ウリの機能は「アヤと話す」ボタンだ。遠隔地にあるサービスセンターにつながり、人が対応する。酒が減ってくると勧めたりして、会話を楽しむこともできる。当日は閉店直前に試したため、すでにアヤさんとは話せなくなっていたが、まさに遠隔存在感メディアそのもの。1か所のコントロールセンターで全国のバーの店員をまかなうこともできるわけだ。ゆくゆくはAIで自動対応させることも考えているという。
 

卓上にあるタブレットで「アヤと話す」を押すと、遠隔地に待機するアヤ役のスタッフと話せる。
将来的にはAIを導入した自動化も考えている。支払いは写真右下にある端末にクレジットカードを差し込んで行う

 「変なバー」に続き、次のステップとして導入を計画している施設が「ロボットコンビニ」だ。現在、オープンに向け、着々と準備を進めているという。詳細はまだ明らかになっていないが、顔認証の技術とクレジットカード決済を組み合わせた、完全無人のコンビニになる見込みだ。すでに中国などでは失敗例も報告されているだけに、どの程度実用になるのか、注目したい。

なぜかロボットには客が集まる……、それはどこまで続くのか

 当初はLCHを目指した変なホテルだったが、実際のところ、決して安いホテルではない。スタンダードルーム(20-21m2)の1人利用の素泊まりプランの宿泊料金は、安いときでも1万4000円程度。ゴールデンウィークなど繁忙期では4万円近くにもなり、そこそこの値段だ。それでも、ロボットの集客効果で稼働率は高い。
 

今回宿泊したスタンダードルーム。一般的なビジネスホテルと変わらない広さは確保できている。
当初、壁面にある輻射パネルで室温をコントロールしていたが、現在はエアコンと併用している

 60%を超える高利益率を誇る「世界一生産性の高いホテル」(ハウステンボス 澤田秀雄社長)で、2017年9月期決算でもハウステンボス増収増益の原動力になったという。ロボットやIoTの活用で世界一生産性の高いホテルが実現できるとすれば、同じように、ロボットやIoTを活用することで、私たちの生活も楽に楽しくできる余地が大いにあるということだろう。

 しかし今、変なホテルが高い集客力を維持できているのは「物珍しさ」によるところが大きい。来年各地で続々と変なホテルが開業するようになれば、物珍しさによる希少価値は薄れ、本格的なロボット活用フェーズに入る。そこでどれだけの収益性が維持できるかは大きなポイントだ。

 これは私たちの生活の変化にも同じようなことが起こる。例えば、今はまだ物珍しさでスマートスピーカーを買うという場面。それに飽きた後が本番。生活に溶け込み始めると、いよいよ本格的なライフスタイルの変化がスタートすることになるだろう。(BCN・道越一郎)
 

ホテル入り口にある「スケルトニクス」をバックに記念撮影。
人が入って操作することで派手な動きを演出できる動作拡大型スーツだ
(左から、青木本部長、大江総支配人、道越アナリスト)