20万人以上の犠牲者を出したボスニア紛争の終結から今年で10年。ボスニア・ヘルツェゴビナ共和国(旧ユーゴスラビア)の首都サラエボで、8月15日に鮮やかに燃え上がる多くのかがり火が夜空を照らした。このプロジェクトに、BCNの佐伯太郎が特派員として参加、その模様をレポートする。

――BCN自腹特派員レポート――

 20万人以上の犠牲者を出したボスニア紛争の終結から今年で10年。ボスニア・ヘルツェゴビナ共和国(旧ユーゴスラビア)の首都サラエボで、8月15日に鮮やかに燃え上がる多くのかがり火が夜空を照らした。このプロジェクトに、BCNの佐伯太郎が特派員として参加、その模様をレポートする。

●復興のためアーティストができること

 かがり火のアートプロジェクト「ファイアー・ドローイング」は、「SICE(Sarajevo International Culture Exchange)2005」と名づけられたアートイベントの最後を飾るものだ。そもそもボスニア紛争は、人種のるつぼと呼ばれる東欧の民族間抗争に端を発している。内乱は終結したが、火種は消えたわけではない。さらに復興のための経済問題も抱えるこの都市に、様々な文化、国籍をもつアーティストが集まって、どんな活動ができるだろうか――「SICE」は、提唱メンバーのそうした呼びかけに応じて、3年前に発足した。サラエボの都市を舞台に、約1か月にわたって、さまざまなアート作品の展示や、インスタレーションを展開する。いわばアートを媒介にした異文化交流の実験場である。

●出発点は「大文字焼き」

 「ファイアー・ドローイング」は、このプロジェクトの最終プログラムとして8月15日に実施された。京都の「大文字」からインスピレーションを受けたもので、さまざまな国籍の人々と協力して、多くのかがり火によって形のない異文化交流の概念をサラエボの山に描こうという願いがこめられている。

 もともとサラエボは地形的に京都と似通った点が多い。盆地であること、街の中心を川が流れていること。さらに、プロジェクトの日本人メンバーの多くが関西出身であり、京都に思い入れを持っていることから、かがり火による最終プログラムという発想が生まれた。

 実行にあたっては、大量のたいまつの調達から山頂への運搬、設置と、とにかく人手が必要だ。そのため、日本、オランダ、イギリス、ドイツ、ボスニア・ヘルツェゴビナから集まった「SICE」のメンバーはもちろんのこと、サラエボの現地住民、サラエボ消防署など多数の人々が参加した。参加資格は自由、ただし旅費も含めてすべて自腹だ。

●未だ街に残る紛争の記憶

 「サラエボ」という言葉の響きから人は何を連想するだろう? 古くは第一次世界大戦の火種となった「サラエボ事件」。あるいは約30年前に行われた「冬季サラエボオリンピック」。そして10年前に起こった「ボスニア紛争」などが頭に浮かぶのではないだろうか。

 とくに民族間の対立が大量虐殺にまで至ったボスニア紛争は、まだ生々しく強烈な印象を残している。「つい最近まで戦争が行われていた場所で行われるアートワークプロジェクトといっても、かなり危険なのではないか」と誰もが思うはず。私も行くまでは「さぞかし危ないのだろう」と勘ぐっていた。サラエボに行く前に何度か「SICE」のミーティングに参加して、メンバーから「今はそれほど危険ではない」と聞かされててはいたが、現地に到着するまで不安は拭い去れなかった。

●草むらの中にある空港

 「これが一国の空の玄関なのか?」着陸時に上空から空港を見下ろした時の印象だ。実際に降り立ってみても印象は変わらなかった。滑走路には日本の空港にあるような誘導等サインなどなく、草むらのなかに空港があるといった感じだ。規模も随分と小さく、アメリカなどであれば国内線の空港のほうが大きいだろう。まあ、乗り入れの便数も少ないのでそれでも事足りているようではあったが。


●建物が物語る紛争の爪痕

 空港からタクシーで市街地へ行く。と言っても空港自体も住宅街のすぐ脇にあるため、5分も歩いていればすぐに街となる。タクシーから見た街の風景は、「戦後間もない焼け野原」というイメージではなく、「少し荒れた街」といった印象を受ける。他の国と違うところは、新しく建てられた建物以外は全てと言っていいくらい銃弾の痕があるところだ。建物自体が破壊された痕跡はあまり見あたらないが、人が住んでいるマンションなどは外壁が剥がれ落ちていたり、丸い弾痕が多数見受けられる。ただし、街自体は復興が進んでおり、明るい雰囲気を取り戻している。街行く人々の表情に暗さを感じることはあまりなかった。紛争は過去のものとなっているようだ。


●「ファイアー・ドローイング」準備へ

 SICEの宿泊所に荷物を置く。スケジュールの都合でSICEが街のあちこちで行っている展示プログラムには参加できず、最終プログラムである「ファイアー・ドローイング」が行われる山へと向かう。山頂に到着した時にはすでに午後5時を回っていたが辺りは一向に暗くなる様子はない。現地の人に聞くと本格的に暗くなるのは午後8時を過ぎるとのこと。到着してすぐに「ファイアー・ドローイング」の準備に取り掛かる。

●祈りが通じ濃霧が晴れていった

 午後7時半、木材の組み上げが終わった。しかし、着火を残すのみとなったのを見計らうように、山頂付近に濃い霧がかかり始めた。数メートル先の木材も見えないほどの濃霧だ。もともとサラエボは「霧の街」としても有名で、懸念してはいたのだが、こんなタイミングで起こるとは思いもしなかった。現地人スタッフから、「一度霧がかかってしまうと一晩中晴れない」と説明を受ける。街からかがり火が見えなければ、このプログラムは全く意味の無いものとなってしまう。スタッフたちは霧が晴れるのを祈りながら待つ。

 祈りが通じたのか午後8時半になると霧が晴れ始め、山から街の明かりが見えるようになった。ここぞとばかり、スタッフ全員が手にたいまつを持って走り出す。いつまた霧がかかるか分からないサラエボでは、このタイミングを逃すことはできない。

●サラエボの空に輝く送り火

 苦戦を強いられながら組み上げた木材一つひとつ確実に点火していき、ようやく炎が上がり始める。山の麓から一番見えやすいセンターパートは勢い良く燃えている。見知らぬ土地で日本の「送り火」が行われている風景は、胸にこみ上げてくるものがあった。

●「美しい」 はじめて見る送り火に集まってきた人々が言った

 無事に炎も燃え上がり、山の麓に待機していたスタッフからも「きっちりと見えている」との連絡が入る。そのうち、いつもは何もない山に明かりが灯っているのを目にした現地住民十数名が山頂へとやってきた。皆一様に「美しい」と感想を述べていく。スタッフのなかにも達成感、満足感とともに心地よい疲労が広がっていく。午後10時を過ぎ、火勢も弱まってきたため消火活動に入る。このプログラムは消防署の協力で、現地の消防隊員により順調に消火活動が進む。プログラムが終わっていく瞬間も、かがり火は切ない余韻を残しつつ、美しかった。

●もう紛争は「過去のこと」

 「かがり火」から一夜が開け、私は現地のSICEメンバーと街に出た。弾痕以外はヨーロッパのほかの都市とあまり変わらない。ほとんどの人々は、収入は少ないものの、明るく生活を送っているという話を聞きながら街を歩く。

 紛争に関する質問はこちらも控えていたのだが、現地の人たちもあまり触れようとしない。思い出すことを避けているという感じではなく、もう過去のことであり、現在を生きるので精一杯なのだという感じだ。サラエボにはこれといった産業や資源がなく、経済の復興はあまり進んでいるとはいえない。しかし、「サラエボ映画祭」の主催など、自治体としての努力は見てとることができる。SICEの目的はサラエボの経済復興がメインではないが、何らかの形で手助けができればとメンバー全員が思っている。

●夕立のあと、山に虹がかかっていた

 現地スタッフに連れられて、市街が一望できる山へと登る。山頂からの眺めは非常に美しく、自然と建物の調和を感じた。時たま降る夕立により、この街には良く虹がかかる。雲間から差す太陽の光、街を覆う霧、そして山にかかる虹。この街には観光の名所となるようなものはあまりない。しかし街からすぐそばに自然が残っていて、少し足を伸ばせば非常に美しい風景が広がっている。


●美しい街サラエボを体験して

 街と山を回った次の日に私はサラエボを出た。わずか3日間という短い期間ではあったものの、現地住民との共同作業や、語らい、飲み歩きなど普通の旅行者では難しいような体験をしたと思う。これでサラエボの全てが分かったとは決して言えないが、非常に多くのものを見て、聞き、感じた。旅行で行っても見られない場所もあるが、それでもサラエボは美しい街であり、素晴らしい街であると思う。

 これを読まれて、少しでもサラエボに興味を持たれた方は実際に行ってみてほしい。地雷など、いまだ危険な場所があるのも事実だが、ぜひ足を運んで欲しい。また、「SICE」に関して興味を持たれた方は下記のリンクを参照していただきたい。「ファイアー・ドローイング」に関してはSICE代表岩田草平氏が、9月3日(土)に行われる「とりで利根川灯ろう流し」に参加し、取手駅前河川敷にて再び行う予定(雨天中止)。なお、SICEの活動の中で作られた作品はフィルムアート社「アートという戦場―ソーシャルアート入門」に掲載されている。 サラエボでの私の体験はSICEのメンバーと出会っていなければ決してできなかった。この場を借りて感謝の意を述べさせていただく。(BCN 佐伯太郎)

SICE連絡先 代表 岩田草平氏
(電話)090-6200-2884
(E-Mail)iwatasohei@hotmail.com