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韓国の電算化を推進した者として アジアの未来に貢献していきたい――第113回(下)

千人回峰(対談連載)

2014/06/26 00:00

キム・ヨンテ

キム・ヨンテ

韓国ソフトウェア世界化研究院 理事長

構成・文/舛本哲郎
撮影/津島隆雄

週刊BCN 2014年06月23日号 vol.1535掲載

 前回は、キム・ヨンテさんが高校教師からLGグループの電算化を通じてEDPSの第一人者になられた過程から、自分たちが生活しているアジア圏への貢献を強く意識するようになったというお話をうかがった。今回は、「韓国ソフトウェア世界化研究院」を設立された経緯、韓国のソフトウェア産業の状況、そしてこれからどのような活動をするのかをテーマにお話をうかがった。80歳を目前にしてもなお、新たな行動に駆り立てる情熱の源泉を探ってみたい。(本紙主幹・奥田喜久男)
【取材:2014.4.22/東京・千代田区のBCN本社にて】

2014.4.22/東京・千代田区のBCN本社にて
 
 「千人回峰」は、比叡山の峰々を千日かけて歩き回り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借しました。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れることで悟りを開きたいと願い、この連載を始めました。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第113回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

韓国のソフトウェア産業は世界的にみて遅れている

奥田 韓国のソフトウェア産業は、今、どのような状況にありますか。

キム 世界的なレベルでみれば、あまりにも遅れています。残念ながら、国際市場で業績を誇ることができるソフトウェア会社は韓国にはありません。世界のマーケットシェアは2%に満たない。産業全体の成長率がかなり低下しています。採算性も向上していません。

奥田 意外ですね。韓国といえば、家電、スマートフォンなどは国際的なシェアを獲得しているのですから。

キム そうなのですが、ソフトウェア産業だけは進化していません。これはあまりにも悲惨な状況なので、なんとかしなければならないと、警告を発してきました。

奥田 そこで韓国ソフトウェア世界化研究院(KSGRA)を設立されたのですね。

キム 2014年3月に発足しましたが、それ以前に2009年1月から委員会を開いておりまして、その委員長をしていました。産業界の人たち、大学などの教育関係者、政府の人も加わって毎週1回会議を開いて対策を考えてきました。でも、この委員会では実行力の限界を感じました。リタイアした人、シニアたちだけでは足りませんから、非営利の社団法人にしたのです。

奥田 具体的には、どのようなことをする組織ですか。

キム 政策の研究や協議、その発表は継続します。そして人材の育成です。この点では育成のための体制づくりを目指しています。とくにアントレプレナーシップ(起業家精神)の醸成が必要とされています。世界に向けて韓国のソフトウェアをアピールしていくことも考えています。事業単位で具体的に行動します。事業の推進役は、KSGRAの理事あるいは外部の人にも任せています。

奥田 すでにスタートしている活動を教えてください。

キム 年4回、フォーラムの開催を計画し、すでに3月10日にシンポジウムを開催しました。6月に2回目を予定しています。そして、6月頃にはホームページから情報発信も行っていく予定です。もう一つ重要なテーマは、ソフト、ハードを含めて総合的な品質の向上です。開発時点から品質重視の工法を採用していくこと。開発工学、SSPL(Solution and Software Product Line)の普及に務めてきた理事が中心になって推進していく予定です。

奥田 国際的な活動も増えるのでしょうね。

キム 海外進出の支援もします。例えばイスラエルには米国とBIRD(Binational Industrial Research and Development)という2国間の共同開発を推進する仕組みがあります。これと同じようなことを米国ともやっていこうと話を進めています。研究も大切ですが、実行はもっと大切です。今日もこちらにうかがって、BCNの 「ものづくり」にこだわっておられる姿勢をうかがいましたし、「ITジュニア育成交流協会」「BCN ITジュニア賞」のお話をうかがって、とても勉強になりました。
 

どんなことにも必死に取り組む姿勢でやってきた

奥田 こちらこそいろいろご教示いただきたいと思っています。ところで、ソフトウェアにも二つの大きな流れがあると思います。メインフレームなどの大きなソフトウェアとパソコン、モバイル機器に対するアプリケーションソフトがありますが……。

キム KSGRAではどちらも対象としています。ビッグデータを活用して社会を変えていくことも重要ですし、モバイル向けのソフトウェア開発、セキュリティソフトの開発も重要です。どちらかといえば小さなものが重要だと思っています。パッケージ、アプリケーションの市場規模は大きいですから。

奥田 私は、日本のソフトウェア開発会社も元気で頼もしいと思っていますが、韓国企業の経営者はさらに元気だという印象を受けています。

キム LINEを開発したNHN創業者の李海珍(イ・ヘジン)氏はその代表ですね。確かに成功しています。ただ、成功者は一部に限られます。

奥田 直面している課題は何でしょうか。

キム 韓国も空洞化現象が起きています。ソフトウェアでも空洞化が進んでいて、どうやって国内の仕事を増やすかが課題なのです。

奥田 シニアの人たちが情熱的に行動されていますね。

キム 直接参加しているのは16人です。最年長は私。若い人で50歳ぐらい。韓国の大手ソフトウェア会社の会長、社長経験者、大学教授、浦項工科大学校の総長をされていた方などもいます。委員会時代に当時はまだ大統領候補であった朴槿惠(パク・クネ)氏に働きかけたこともありましたし、企業集団の人たちにも働きかけてきました。調べて働きかけるだけでは進まないので、自分たちで実行に移さなければ、という思いが結集したのです。

奥田 すばらしい16人ですね。KSGRAは何人ですか?

キム 事務局を含めて20人です。毎月、少しずつ増えているところです。事務室もまだ小さくて委員会時代のままです。

奥田 それにしても、キム会長の情熱はどこから来るのでしょうね。

キム 情熱、ありますか?(笑) 何か一つに決めると集中することは間違いありませんね。私は30代のときに強直性脊椎炎を患いました。大変な病気でして、背骨が曲がって、ほとんど40度ぐらいに曲がったままになってしまう。それで、8年前に大手術をしました。12時間かかりました。1万人に1人ぐらいの病気といわれています。

奥田 ある意味、選ばれた人ですね。

キム いやいや、こういうのに選ばれたくはありませんよ(笑)。その手術のおかげで姿勢はかなりよくなりましたが、多少足が痺れます。注射してもらい、薬を処方してもらいながらこうして活動をしています。

奥田 頭が下がります。

キム フィジカルの面では弱ってきています。だけど、このままで死ねるか、という気持ちはあります。人間の寿命はかなり延びていますからね。寿命が延びた分、実年齢に70%をかけてまだ55歳だと思っています。

奥田 では私は45歳……。お互い、青春ですね(笑)。ご活躍を期待しております。

こぼれ話

 お会いするなり「お若いですね~」が、挨拶の言葉になった。もうすぐ80歳の人でもこんなに元気に活動できるのだ、と自信を与えてもらったほどだ。昨年の7月末に対談した三浦雄一郎さんと同世代だ。お二人とも“凛”とした気魄とオーラを放っておられる。透明感のある凄みを感じる。「人は信念と共に若く、疑惑と共に老ゆる。人は自信と共に若く、恐怖と共に老ゆる。希望ある限り若く、失望と共に老い朽ちる」。サミエル・ウルマン『青春』の詩からの抜粋だ。二人で90分を語り合った。業界の将来については対等の目線で話し、年齢をお聞きするときには人生の先輩として、次世代を託す子供たちを育てる活動については共鳴する同志として語らった。「奥田さん、友人たちは私のことをY.Tと呼びます」。今回は大先輩の信念と自信に感銘を受けた。次回お会いする時には「Y.T」とお呼びしようと思っている。
 

Profile

キム・ヨンテ

(Youngtae Kim)  1934年9月、日本で生まれた。ソウル大学校師範大学英文学科を卒業後、6年間、高校の英語教師を務める。1962年、LGエレクトロニクス入社。LG化学で調達部長・管理部長として活躍。EDPSに取り組む。74年、常務取締役、75年にはLGグループの化成事業部長、78年にLGグループ会長室などを経て1984年にLGエレクトロニクス副社長。1986年には LGグループの電機および電子各社の再構築を担当。1987年にSTM(現LG CNS)代表取締役会長兼CEO。1996年に退任した後、Software Industries Association of Korea会長、企業の顧問や相談役を歴任。2000年からFree-ceos.comの会長、CEOを経て名誉会長。2014年、社団法人韓国ソフトウェア世界化研究院(KSGRA、Korea Software Globalization Research Agency)理事長。Free-ceos.com名誉会長、LG Yonam Educational Institute Director、LG Welfare Foundation Director。著書多数。