中国の“ゲーム基地”成都で学生たちのスキルを高める――第139回(下)

千人回峰(対談連載)

2015/07/16 00:00

中村 文彦

中村 文彦

ガルボア 専務執行役員

構成・文/小林茂樹
撮影/津島隆雄

週刊BCN 2015年07月13日号 vol.1587掲載

 私どもBCNが「ITジュニア賞」を制定してから今年で早10年。志ある若者を応援し、次代のIT業界を担う人材を育てていくことは、この業界に携わるすべての大人の責任であろう。中村さんも中国の成都で、まさにビジネスの要請と人材育成を両立させる活動に携わっておられる。第2回「ガルボア杯」の開催はすでに決まっているが、おそらく昨年の第1回をはるかにしのぐ盛り上がりが予見される。「学生たちと話すのは楽しいですよ」という中村さん。まったく同感だ。(本紙主幹・奥田喜久男)

「コンテストを通じて、一石二鳥、一石三鳥の仕組みをつくれないかと考えました」と中村さん。それが、中国の公的機関に主催してもらうことだったそうだ。
 

写真1・2 今年で10回目を迎えた『BCN ITジュニア賞 2015』では、初の試みとして中国の学生を招いて表彰した。賞を受けたことがステータスになると、彼らは大いに喜んだ。
写真3 中国・成都で開催した“ガルボア杯”のポスター。特別賞を獲得した学生3人と2人の先生が日本に招待され、『BCN ITジュニア賞 2015』で特別表彰を受けた。
 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第139回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

学生がつくった優秀なソフトウェアを商品化する

奥田 昨年開催された「“ガルボア杯”成都学生ゲーム開発コンテスト」について、もう少し詳しく教えてください。

中村 4月に募集を開始して、実際に作品が集まったのが6月から7月にかけてでした。参加申請数は、開発部門が128、デザイン部門が188。締切までに実際に集まったのが、開発は30本、デザインは119本でした。やはり開発は敷居が高いのか少なめで、デザインのほうの歩留まりは6割というところでした。

 それで審査に入るわけですが、基本的には公的な立場の方に評価してもらいます。作為的な審査はしません。中国側の審査員は、成都のアウトソーシング協会、アニメ・ゲーム業協会の会長や理事を務められている方などで合わせて4人。それに加えてガルボアが1票もっているので合計5票ということになります。ガルボアの評価は、20人ほどのメンバーが日本語に翻訳した作品を見て内部で投票し、それを集計したものをガルボアの総意として順位をつけています。それを1票として投じるわけです。

奥田 それで、1位から3位までの入賞作と佳作3本が決まると。

中村 それに加えてガルボア特別賞がありますから、賞は全部で14本。そのほか多くの学生が応募してくれた学校への表彰もあります。昨年は、成都東軟学院、電子科技大学、四川大学、成都大学、成都文理学院の5校でした。

奥田 賞をとった学生には、何か特典のようなものはあるのですか。

中村 入賞と佳作には賞金が出るほか、賞をとった作品については、基本的にガルボアとの共同著作というかたちで商品化することとしています。また選外の作品でも、おもしろいものがあればビジネス上の判断でやろうということで、都合30本ほどを商品化する方針でお話をさせていただいています。

奥田 それが、1年半で30本リリースするうちの一部になるわけですね。

中村 そうですね。最初にコンテストを開こうと思った動機は、それを通じてソフトウェアの調達ができないかということでした。そして、アウトソーシングしているゲーム会社も小さい企業だと人材の獲得に苦労しているので、そういう企業に何かしてあげられないかということと、アウトソーシングのビジネスが成り立つようなかたちをうまく組めないかという思いが根本にありました。

 それで、いざコンテストを開こうとしてゲーム会社にヒアリングし、新しい発想やオリジナリティを出してもらおうと思ったのですが、その部分は自分たちの商売道具なのでなかなか出してくれないわけです。それならば、それを企業ではなく学生に求めようと私は考えました。前にもお話ししましたが、ゲーム会社は学生にすぐれたソフトウェアをつくる能力がないと言いました。でも、それはおかしな言い分です。それならば、彼らがオリジナリティを発揮し、開発のスキルを高められる素地をつくってあげるべきではないかと思いました。
 

政府による学生に対する起業支援の機運も

奥田 なるほど。ソフトの調達だけでなく、人材育成も視野に入ってきたと。

中村 そうです。コンテストを通じて、調達も含めた一石二鳥、一石三鳥の仕組みをつくれないかと考えました。ちょうどその頃、アウトソーシング協会と知り合い、成都のゲーム会社を紹介してもらうビジネス協業の契約を取り交わしました。そこでこのコンテストの話をしたら乗り気になってくれて、ガルボアがスポンサーになるので、アウトソーシング協会が主催者になってほしいとお願いしたのです。

奥田 先方が主催なのですか。

中村 というのは、一企業がコンテストを主催しても、支援はたかが知れているからです。とくに中国は政府が関係してくるケースが多いので、アウトソーシング協会とアニメ・ゲーム業協会という公的な団体に中心になってもらって、ガルボアが支援するかたちをとったほうが、うまく回っていくと。コンテストで優秀と認められたゲームは、産学協同で最終的には商品化することをうたい、その商品化については日本のガルボアから成都のゲーム会社にアウトソーシングして開発をしましょうと。これで一石二鳥、一石三鳥のかたちができました。

 アウトソーシング協会が成都市の役人をキックオフミーティングに招待してくれたおかげで、政府、四川省、成都市などが、コンテストを高く評価してくれました。また、これを機に、政府から学生に対する起業支援の計画がもち上がっています。

奥田 どんどんおもしろい方向に進んできましたね。

中村 今年の1月、商品化の対象となったソフトをつくった学生のほぼ全員と面談しました。将来どこを目指すのか、商品化するときに協力してくれるのか、商品化する際に自らゲーム会社でインターンシップをやりたいのか、といった話を聞きました。必要に応じてガルボアが成都のゲーム会社に対して推薦状を書いてあげることもできると説明したりもしましたね。

奥田 きめ細かなフォローが必要ですね。

中村 1人あたり1時間くらい話しますから、時間もかかります。このあいだ会ったのが37チームです。4日ほどかけて話したのですが楽しかったですね。なかには権利をいくらで買ってくれるかともちかける、がめつい子もいたりして(笑)。いろいろなタイプがいて、おもしろいですよ。学生と会話するのは楽しいです。夢がありますね。

奥田 私も大好きです。

中村 起業したら、すぐに抜きん出るだろうなと思わせる学生もいます。とくに上位で入賞した開発チームのリーダーなどは、頭がよく、人の使い方がうまい。このチームを、このまま起業させてしまえばいいと思うくらいですね。

奥田 次は、それをやりますか?

中村 政府の起業支援が実現すれば、同額出資する手もあると思います。

奥田 ますます可能性が広がっていきますね。今後の展開が楽しみです。

 

こぼれ話

 中村文彦さんと初めて対面したのは、今年1月16日に東京国際フォーラムで開いた『BCN AWARD2015』の閉会の折りだ。AWARDの第1回は2000年。もう16年前になる。当初は日本と米国のメーカーが主力であったが、10年ほど前から台湾企業がランクインし、5年前からは韓国企業、3年前からは中国企業の台頭が目立ってきた。私たちBCNもこの傾向に沿うかたちで、5年前から事業領域を東アジアに拡げてきた。

 2013年に上海に営業会社として比世聞(上海)を設立し、昨年には中国外交部からの許可を待って、同じ上海にBCN支局を開設した。日中のIT業界の経済交流を活発にすることを目的に活動を進めている。

 そこで話にのぼったのが『BCN AWARD2015』の会場に中国の子どもたちを招くことはできないかということだった。日本と同様に、プログラミング技術にすぐれた子どもたちを褒め称えようではないか。その話をウイナーソフトの周密社長にしたところ、「成都からお出しできます」。このドラマを演出した人がガルボアの中村さんなのである。

Profile

中村 文彦

(なかむら ふみひこ) 1987年、日本IBM入社。お客様担当ITスペシャリスト、M&A先であるTivoli、zシリーズ、Rationalのソフトウェア技術部長、ブランドマネージャーなどを経て、2008年、同社退職。シトリックス・システムズ・ジャパン入社。システムズ・エンジニアリング部統括部長などを歴任。09年、教育系企業に移り、CIO補佐を務める。13年10月、ガルボアを設立し、現在に至る。