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高度な技術力と意地で F1チームの無線システムを支える――第161回(下)

千人回峰(対談連載)

2016/06/09 00:00

松田 央礼

JVCケンウッド 無線システム事業部 プロダクト開発統括部 プロダクトマネジメント部 技術法規グループ

構成・文/小林茂樹
撮影/津島隆雄

週刊BCN 2016年06月06日号 vol.1631掲載

 世界中を転戦するマクラーレンホンダの通信サポートを担うケンウッドのクルーは、毎回一人。トラブルが起こっても、自分一人で解決しなければならない。そのリスクを回避するため、松田さんはあらゆるトラブルの状況を想定してシミュレーションするという。8000メートル級14座の登頂に成功した登山家の竹内洋岳さんから、同じ話を聞いたことがある。「どこで転んで滑落したとしても、シミュレーションして登るから怖くない」と。いずれも世界を舞台にする人の言であることに気づく。(本紙主幹・奥田喜久男)

2016.2.17/横浜市緑区のJVCケンウッド白山事業所にて
 

サーキットのガレージでマクラーレンのチーフメカニックと談笑する松田さん
 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第161回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

必要とされるのは、専門知識、英語力、対応力

奥田 ところで、F1に携わっているのは社内に何名おられるのですか。

松田 及川と私を含め、4人体制です。マクラーレンをサポートする業務としては、現地での無線システムの設営や実際にモニターするといった業務はもちろんですが、それ以外にも新しい技術を開発するメンバーも必要なので、そういう意味では4人でチームを回しています。

奥田 4人のうちで経験が一番あるのは?

及川 12年目の私ですね。

奥田 マクラーレンとは25年ということですから、25分の12!

及川 そうですね。ほぼ半分ということになります。

松田 私はこの部署に異動して5年目です。

奥田 お話を聞いていると、鍛えられている人たちだなということがすごく伝わってきます。このチームに入りたいけれど入れない人が、かなりいるのではないですか。

島村 華々しくみえるでしょうが、実際に現場に行けば相当厳しい仕事なので、やりたいだけじゃできないなと思いながら選んでいます。

奥田 対象となる技術者は、何人ぐらいいるのですか。

島村 300人ほどですね。

奥田 こちらは300分の4。すごいですね。松田さんに現場でのお話をうかがいたいのですが、5年前に異動になるまでに何かF1と関わりはあったのですか。

松田 まったくありません。異動になるまでは、海外に行く機会もほとんどなかったので、他の人と同じように、ものすごく華やかで、海外出張が多いという漠然としたイメージを抱いていたというのが率直なところです。

奥田 F1の部署で求められる特有の能力というものがあると思いますが、そのとき松田さんはどんなものをもっていたのでしょうか。

松田 ほとんどもっていなかったと思います。

奥田 では何が必要だと思いましたか。三つ挙げるとしたら。

松田 三つ挙げるとすると、無線の専門知識、英語力、現場での迅速な対応力だと思います。

奥田 そのために何をされましたか。

松田 基本的に、他の社会人のみなさんが自己啓発でやっているようなことしかやっていません。特別なことをしたというよりは、海外の現場へ何度も行き、自分で対応することによって、自然にスキルが上がっていったということだと思います。

奥田 マクラーレンのチームと最初に顔を合わせたときは、どんな状況でしたか。

松田 いまは一人で現場をサポートしていますが、数年前までは二人でサポートしていました。ですから、最初は先輩と一緒だったため、先輩に支えられながら仕事している感じでした。でも、チームに信頼されるためにはどうすればいいかということを自分なりに整理し、積極的なコミュニケーションを心がけました。

奥田 独り立ちしようということですね。具体的にはどんな整理をされたのですか。

松田 例えば、現場で何か問題が発生したとします。それに対応するための自分のアイデアが想像できるかどうか。もし想像できなかったら、先輩のアドバイスや過去の対応レポートを参考にして、それをしっかり記憶することで、次に同じトラブルがあったら、迅速に対応できる。そうした自分のなかでのシミュレーションを重ねる形で整理をしましたね。

奥田 それと同じことを、プロ登山家の竹内洋岳さんから聞いたことがあります。すべての状況を想定すると。

松田 全部が想定内になるということですね。
 

家族よりも現地クルーと過ごす時間のほうが長い

奥田 また、すぐにクルーとして行かれるそうですね。

松田 来週からF1のテストが始まるので、はじめの1週間は及川に行ってもらって、次の週は私が行くという形です(編注・取材日は2月17日)。

奥田 シーズンは、いつからいつまでですか。

松田 3月から12月の初めまでですね。基本的に隔週で開催されるので、最初はオーストラリアに行って、次のマレーシアでのレースの前に日本に帰ってきてというように、行ったり来たりを繰り返します。

奥田 現地に行くときはどんなテンションですか。

松田 最初こそ緊張しましたが、着いたらやることが多いのでけっこう時間に追われている感じです。走行前にセットアップといってガレージに無線機を準備するのですが、その設営に2日ないし3日かかります。そこで完璧にシステムを動かすことができるかが大事なので……。

奥田 設営も全部するんですね。

松田 基本的にレースウイークは、月曜日が移動日で、火曜日から水曜日までアンテナ設営と同軸ケーブルの配線、無線機とヘッドセットのセッティングです。やること自体はルーティーンワークですが、体力が必要ですね。木曜日はいろいろチェックして、金曜日から日曜日まではフリー走行とレースなので頭を使う感じです。

奥田 レースが終わったら撤収作業も?

松田 はい。ゼロからシステムを立ち上げて設営し、終わったら全部その日のうちに撤収するということを毎レース行っています。状況によっては台風のなかでアンテナを立てたり、一度下ろして再度立てたりと……。

奥田 大変なご苦労ですね。

島村 F1サーカスと呼ばれているくらいです(笑)。

松田 もう慣れてしまいましたが、一人でサポートするので、体調を崩すわけにはいきません。シーズン中は風邪もひけないですね。

奥田 現地では、食事や宿はどうしているのですか。

松田 基本的にマクラーレンのクルーと一緒です。家族より彼らと過ごす時間のほうが長いですね。

奥田 ところで、松田さんは技術開発をするうえで、どんなことを心がけていますか。

松田 いつも同じ状況で同じことをやっていると同じものしかみえてこないので、自分がマクラーレンだったら何が欲しいかと考えたり、需要側と供給側の考え方をずらし、視点を変えたりして発想を転換します。そうして、市場で何が求められているかシミュレーションをするのですが、実際にうまくいくかどうかはわかりません(笑)。

奥田 やっぱり選ばれた人ですね。すごい。

 

こぼれ話



 仕事柄いろいろなメーカーの電子機器をもっている。イヤホンもその一つだ。音質と同様に使う状態を考慮して選択している。ケンウッドのそれは赤い色をした普及版だ。コーヒーを飲みながらぼ~っと、アデルを聴く時に使っている。やはりこのブランドはKENWOODと記すと、どういう訳かしっくりくる。

 これまで自動車とF1に縁がなく過ごしてきた。ところがF1に関係する人たちに会い始めてから、F1が自動車産業を下支えしている構図を確信した。今さらだが、事故死したアイルトン・セナの映画をアマゾンで観た。感じた。これまでにこの欄で対談した山口正己、津川哲夫の両氏がF1の世界に人生の針路を決めてのめり込んだあの熱気を感じた。そのプレーヤーがセナであり「KENWOOD」「HONDA」なのだ。

 真剣勝負へのこだわりと続ける意思。ものづくりの人たちにエールを送る私としては少し熱くなる。話題は脇道にそれる。スティーブ・ジョブズ、マイケル・ジャクソン、アイルトン・セナは55年、58年、60年の生まれ 。死亡年度は逆で11年、09年、94年だ。『This is it』を久しぶりに観た。やはり感じた。「ものづくりとは、無から有を生むことだ」。創りだせなければ永遠に“それは”存在しない。「KENWOODチーム、爆音を消せ」