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人を大切にし一人一人の主体性を生かす経営に――348人目(下)

千人回峰(対談連載)

2024/04/26 08:05

秋保 徹

秋保 徹

ビックカメラ 代表取締役社長

構成・文/小林茂樹
撮影/長谷川博一
2024. 3.25/東京都豊島区のビックカメラ池袋本部にて

週刊BCN 2024年4月29日付 vol.2012掲載

【池袋発】4人きょうだいの末っ子として京都に生まれ、温かな家庭で育った秋保さんは、プロ志望の野球少年だった。ポジションはピッチャー。小1から野球を始め、高1の夏の地方大会では相手をぴしゃりと抑えた。強豪校ではなかったが、秋の大会では主戦投手として期待された。ところが、試合の数日前に右手の指を負傷。その後も、足を疲労骨折したり、肩を痛めたり、イップスになったりと不運が続いた。でも、野球のプロにはなれなかったけれど、秋保さんは小売りのプロ、経営のプロになった。
(本紙主幹・奥田芳恵)

2024. 3.25/東京都豊島区のビックカメラ池袋本部にて
 

大切にしたい
「若けりゃいいってもんだ」のマインド

芳恵 出世欲はなく、バイヤーとして小売業の使命に気づかれたとおっしゃる秋保さんですが、ご経歴を拝見すると順調にステップを上って来られたように映ります。

秋保 創業者や上司との出会いなど、巡り合わせや運がよかったことが多分にありますね。

 当社には「若けりゃいいってもんだ」という文化があるのですが、そうしたこともプラスに働いたのかもしれません。

芳恵 「若けりゃいいってもんだ」って?

秋保 私も会社説明会でこの言葉を初めて聞かされて、どういうことかと思いました。ふつう耳にするのは「若けりゃいいってもんじゃない」ですものね。

 でもこの言葉は、若い人ほど可能性が大きい、つまり、思考が柔軟であり、新しいことを取り入れ、チャレンジ精神があるといったことを表しているんです。もちろん、実年齢だけが基準ではありませんが、このマインドはいまも息づいています。

芳恵 なるほど。企業の硬直化を防ぐために大事な考えかもしれませんね。

秋保 そういう土壌の中で、若い人にいろいろなポジションで重要な役割を担わせて成長してもらう。私もそういうプロセスで学ばせてもらい、成長させてもらったのだと思います。「地位が人をつくる」ということに似ているかもしれません。やはり、もっともっと若い人たちにチャンスを与えていかなければならないと思っています。

芳恵 経営者として、目指す人物像はありますか。

秋保 目指す人物像というのは特にありませんが、社長に就任する直前に創業者から手渡された本があるんです。テルモの社長を務められた和地孝さんの『人を大切にして人を動かす』(東洋経済新報社)という本ですが、就任前にこの本を読んでおいて、本当によかったなと思いました。

 富士銀行(現みずほ銀行)出身の和地さんは、業績不振に陥ったテルモの社長に就任されて見事に経営を立て直すのですが、風土改革を行うとともに「人を大切にする経営」に大きくかじを切られた方です。いま言われている「人的資本経営」を、30年近く前から実践していたわけです。業種や業態は異なるものの、当時のテルモの状況は私が社長に就任する前のビックカメラによく似ており、その考え方に学びながら、自分の色を出しつつ変えるべきことは変えていかなければならないと思いました。

芳恵 その考えは、従業員の方々に伝えられたのですか。

秋保 就任時に従業員に対してメッセージを出したのですが、そのうちの一つに「人を大切に、人を成長の原動力とする経営」というものを挙げました。

芳恵 この本に出会う前は「人を大切にする」ということについて、秋保さん自身、どう捉えられていましたか。

秋保 それまでは、そこまで深く考えていなかったというのが正直なところです。

 私は社長になる前、仕入れから営業まですべてを統括するマーケティング本部長を務めていましたが、当時の従業員に対する評価制度は、会社の理念を体現するための動機づけになるようなものになっていませんでした。そこで、もっと個々が活躍できる環境をつくるため、大幅に評価制度を変えていきました。そのプロセスで、私が変革の方針を定めて検討メンバーを集め、制度設計をしてもらったのですが、あるとき、それだけでは足りないことに気づいたのです。

芳恵 制度をつくるだけではだめだと……。

秋保 当初は制度設計さえできれば、その中でメンバーが自然と動いてくれるという感覚でした。でも、やっているうちに、若い人たちを含めていろいろなメンバーともっとコミュニケーションをとりながらサポートしていくことが必要だとわかりました。それぞれのメンバーが、どんな思いでいるかを知ることが大事なんですね。

芳恵 制度だけでは人は動かない。人の思いや考えを大切にすることも重要なのですね。
 

トライアンドエラーを
重ねることが成長につながる

芳恵 社長就任後、評価制度の見直し以外に大きく変えられたことはありますか。

秋保 前に、新人時代に「テレビデオ」の売上責任を持たされたというお話をしましたが、これは当時の「ハンドレッド(100)計画」に基づいたものでした。私が社長になって、この制度を復活させました。

芳恵 ハンドレッド計画というのは?

秋保 当社は「専門店の集合体」を標榜していますが、お店の売り場を100に分割して各販売員に割り当て、責任を持って、その分割した売り場を担当するという仕組みです。

 もちろん、実際には売り場は100以上ありますし、販売員がいくつかの売り場を兼務することもあります。また、テレビ売り場という大きなチームで動きつつも、1年目の私のようにそのカテゴリーの中のテレビデオについては任せてもらえるというかたちですね。

芳恵 ハンドレッド計画の“復活”ということは、一度なくなってしまったということですか。

秋保 20年ほど前になくなったのですが、その理由は上層部が詳細なレポートを求め、現場販売員の負担が大きくなりすぎてしまったからです。そこで今回は極力簡易なものにとどめるようにしました。

芳恵 復活させた一番の理由は何ですか。

秋保 従業員が、以前よりも指示待ち体質になっていたことですね。それにより活気も失われていましたし、この多様性の時代に、画一的な本部主導の指示だけに従っていても良い結果を得られないと考えたからです。

芳恵 新人の秋保さんが知恵を絞って、トライアンドエラーを繰り返しながら売り場をつくっていった状況の再現ですね。

秋保 私はセンスがないので大したことはありませんが、たとえセンスがなくても一人一人の主体性を売り場で発揮することがこれから大事になってくると思います。そこで小さくてもいいから成功パターンを見つけ、そうした成功体験を重ねることでモチベーションも上がってくる。それが好循環につながっていくはずです。

芳恵 そのほかに、今後、社長としてやっていきたいことはありますか。

秋保 当社の使命はお客様の豊かさを追求することと申しましたが、その原理原則から外れたことが、当社はもちろん家電業界全体にも、まだまだたくさんあります。だから「ここを変えれば、よくなるはずだ」という発想を常に持ち続け、さまざまなアプローチを重ねていきたいと思っています。

芳恵 小売業の使命を果たすための、一貫した熱い思いをうかがうことができました。今後のご活躍をお祈りしております。
 

こぼれ話

 わが家にロボット掃除機がやってきた。生活家電を買うのは洗濯機以来、6年ぶりくらいになる。購入をずいぶん悩んだが、家事を代行してもらえるなら…と思い、奮発した。「くろまるちゃん」と命名し、かいがいしく働くのを眺めて、楽しんでいたのも束の間、2週間ほどして動作不良になった。今は、メーカーのもとで修理中につき不在。これまで通り、自分で掃除機をかけながら、帰りを待っているところだ。くろまるちゃんの件は不運であったが、基本的に家電の性能は高まり、買い替えサイクルは長期化している。人口減も相まって、大手家電量販店は厳しい競争の中、近年は非家電商品の取り扱いを強化するなどし、独自性を出している。

 そんな中、2022年9月1日、秋保徹さんがビックカメラの社長に就任された。改革のバトンを受け取った当時、秋保さんは47歳。ずいぶんと若返りを図った人事であった。ビックカメラでの経歴を拝見すると、順調にキャリアアップしてこられ、役員の経験も長い。「若い人にも機会を与える社風のおかげです」と謙遜しておられたが、機会があるごとに、期待に応え続けてきた結果だ。入社当初から相当光っていたのだろうと推察したが、販売員としての1年目はとても苦労されたのだそう。完璧と言っていいキャリアだったので、それを聞いて、「苦手なこともあるの!?」と少しほっとしたほどである。

 取材には広報担当が同席されたので、どこまで胸の内を話していただけるかなと思ったが、野球少年時代の失敗談を含め、赤裸々に語ってくださった。小売りの使命について話が及ぶと、「原理原則から外れたことはしたくないですね」とさらっとおっしゃる。物腰柔らかで、穏やかな笑顔で語りつつも、強い意志がひしひしと伝わる。「とても自然体で飾らない強い方だな。どうやって自分をつくり上げてこられたのかな」と、対談を楽しみながらその解をずっと探っていた。秋保さんの思考をつくり上げてきた経験のいくつかは、本文で触れている。解に迫れているかどうかは、皆さんの判断にお任せしたい。

 私が千人回峰の修行に出てからもうすぐ1年。経営の達人、人生の匠たちの経験だけではなく、行動の深淵に迫れているのか。ゲラを読みながら自分に問いかけ、こぼれ話を書きながら反省する日々は続いている。飾ってもしょうがない。等身大の自分をさらけ出すことを恐れず、ただただ修行あるのみ。熱い思いでひた走る秋保さんの姿に触発され、気持ちを新たにするのであった。(奥田芳恵)
 

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第348回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

Profile

秋保 徹

(あきほ とおる)
 1974年12月、京都府生まれ。駿河台大学卒業後、97年3月、ビックカメラ入社。2012年9月、執行役員第二商品部長。13年10月、執行役員商品部長。15年10月、執行役員EC事業部長。17年2月、常務執行役員EC事業本部長。18年11月、取締役常務執行役員EC本部長。19年8月、取締役常務執行役員商品本部長兼EC本部長。20年9月、取締役専務執行役員事業推進部門管掌商品本部長。同年12月、取締役専務執行役員事業推進部門管掌マーケティング本部長。22年9月、代表取締役社長に就任。