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音楽がなくても人は生きていける。 しかし音楽がない世界は心を疲弊させる――第308回(上)

千人回峰(対談連載)

2022/06/17 08:00

大石修治

大石修治

アートマネジメント 総合プロデューサー

構成・文/高谷治美
撮影/長谷川博一

週刊BCN 2022年6月20日付 vol.1927掲載

【東京・世田谷区発】“あっ”という間に戦争が始まった。その惨禍が日々伝えられ、世界中の人々の心が荒んできている。芸術や音楽は、心が疲弊しないようにこの世に存在するのではないか。ここに一人、音楽芸術文化活動のために人生の大半を捧げてきた男がいる。大石修治さんだ。大石さんは、ヤマハの社員時代に広報マンとして音楽文化創造活動を推進、その後、神奈川フィルハーモニー管弦楽団の専務理事として5億円の債務超過からV字回復の再建を果たしてきた人物だ。さらにオペラ振興会の常務理事として改革に取り組むなど、常に使命感と正義感をもって現場の最前線に立ってこられた。音楽を愛してやまない大石さんは人生の分岐点に立たされることもしばしばだった。なぜ音楽は人々を感動させるのか、音の究極とは何なのか――私は大石さんの話に引き込まれていった。
(創刊編集長・奥田喜久男)

お客様を感動させ
楽しませるシナリオ

奥田 音楽の専門の方と会うと、気後れしてしまいます。こちらの底が浅くて。ご容赦ください。

大石 とんでもありません、よろしくおねがいいたします。

奥田 音楽に関していえば、2019年に千人回峰に登場していただいた元ソニー社長の出井伸之さんに勧められて以来、このヘッドフォンを愛用しています。すごくいい音です。Apple Musicの利用もその時からです。BCNを創業してから40年間、会社経営に忙殺されて私には音楽を鑑賞する余裕がなかったのですが、最近、経営から退きました。これでやっと音を楽しむことができるようになったので、インストールしている楽曲すべてを聴いてから寿命を全うしたいなと思っているのです。

大石 いいですね。しかし音楽は星の数ほどあって一生かけても聴けないのが現実です。ぜひ、私がこれまでの音楽人生で溜めてきた『大石セレクション』の楽曲も聴いてください。これは、私が神奈川フィルハーモニー管弦楽団(以下神奈フィル)でプログラムの企画プロデュースをしている頃に、音楽監督でドイツの指揮者ハンス・マルティン・シュナイトさんや海外アーティストなどから教わったものなどです。「日本でまだ知られていない名曲はないか」と尋ねて紹介してもらい、音源を探し、吟味し納得したモノばかりですよ。(と言いながらおもむろに胸ポケットからメモ帳を取り出す)

奥田 びっしりと楽曲が書かれています。これは宝物ですね。大石さんは音楽を総合的にプロデュースするということですが、どれほどの知識がいるのでしょうか? どんな要素を入れながら、お客様が感動する曲を選ばれるのですか?

大石 音楽をつくって完成させるうえでは、楽曲選びを含めて音楽の知識はもちろん必要ですが、まず、音が命ですからオケの演奏力を高めることが重要です。指揮者の選択や、コンサートマスター、各パートの首席、演奏者一人ひとりのクオリティの高さを維持革新することも大切です。

 神奈フィルでは、クラシックだけでなく映画音楽やポップスも取り入れるなどして、お客様の層を広げてきました。時代の風を敏感に感じ取る能力をもっていなければ、お客様を楽しませ感動させることができないですね。

 また、マネージメントとして、人、物、ソフト、資金、情報、時間を総合的に束ね、集客して黒字を出せる名人であれば企画は必ずヒットします。

奥田 これは実際に現場でやってこられたから出てくる言葉ですね。

大石 特にプログラムづくりは重要で、音楽専門委員会を立ち上げて、外部の専門家にも入ってもらいました。お客様に喜んでいただける音楽づくりはどうすべきかといった意見を吸収し、好まれる曲のランキングを出して統計を取るなど、マーケティングも徹底してやりましたね。これは、前職のヤマハでもコンサートなどを企画するときに「感動の種をまいて結果を出していく仕組みづくり」を最前線で経験してきたからできたことです。

奥田 商品設計ですね。

感動とはなにか
音とはなにか

奥田 ところで、大石さんのお好きな曲の中にマスカーニの歌劇『カヴァレリア・ルスティカーナ』が入っています。嬉しいですね。私も以前にこの曲の虜になっていましたから。どうして、あんないい曲ができるんでしょうかね。

大石 あれは作曲家が天からこのメロディを伝えられ、皆の心が美しく輝くように与えられて完成したのでしょうね。音楽というのは、感動して心が震え、人の心を豊かにする力を持っています。私もカヴァレリアは初めてしがみついた曲です。高校三年生のときの失恋で。

奥田 わかります、わかります。私も経験があるので。ラジオで聴かれた? レコードですか?

大石 FM放送を聴いているときです。感動しましたね。癒やされながら、傷ついた心を正常に戻してくれました。

奥田 その感動ですが、よく活字では「心が震える」なんて書きますが本当に心は震えますよね。

大石 どう感動したかは目に見えない世界ですが、音は空気の振動で伝わるのでその波動を魂で受け止め、琴線に触れるということでしょうか。そして、感動が心を動かして心動し、行動へとポジティブなサイクルに繋がるのがいいですね。

 奥田さんもその曲を素晴しいと感じたのですから、豊かな心と感性の持ち主です。

奥田 あの曲はたまりませんよ。大石さんにとっては失恋の痛手から回復するクスリだったともいえますね。

大石 はい(笑)。このとき、音楽の素晴らしさに目覚めたのかもしれません。アインシュタインも「音楽がなくても人間は生きられる。しかし音楽がない世界は人間の心を疲弊させる」と。

奥田 ところで、大石さんは神奈フィルの前のヤマハ時代が30年と長く、ここでも改革派でやってこられたそうですね。70年代~80年代は会社も元気でしたよね。あっちこっちに音楽教室があって。

大石 そうですね。ヤマハは楽器だけでなく多角的に事業を推し進めていました。会社が元気なころに私は入社して、5年くらいはホーム用品にいましたが当時の労働組合の委員長に声をかけられましてね。断ったのですが結局ダメでした。

奥田 労働組合に入られた?

大石 5年間専従しました。ところが、社長交代に遭遇し、退任の真相究明をめぐる緊急労使会議などで多忙を極めました。会社経営とトップ人事、権力と倫理などを探求した経験は今に繋がっています。

 労働組合が浜松にあるので本社に行くでしょう。するとメーカーとしてモノづくりが中心でした。本来は音楽普及をして経営のバランスをとることが大切なのです。

奥田 楽器を売る前に大切なことがあると。

大石 はい。ちょうどそのころ、1982年から3回ほどマザー・テレサが来日して上智大学で講演をしました。そのときに「心の飢えは豊かさの中の貧困」と語りましたが、日本はモノがあふれていて豊かですが、精神的に貧しいということですよ。

奥田 恥ずかしいですね。マザー・テレサはそれを見抜いたようです。

大石 同じ頃、松下幸之助の文化に対する言葉も教訓になりました。
 「文化とは、宇宙万物の法則を解明し、生活に活かしていくこと」と。

奥田 そういう言葉に共鳴するようになったのは何歳ごろですか?

大石 40代後半から50代前半でしょうね。実は私は55歳のときにカトリックで洗礼を受けました。人間の生き方について学ぼうとしていました。

奥田 55歳で洗礼とは。そこで人が変わられたみたいですけれど、なにかあったのですか?

大石 私は音楽が好きで好きでたまらなくて、ヤマハに入社しました。しかし、組織は権力闘争などが渦巻いていて、労働組合でも苦悩する時期が長くなりました。

奥田 社長交代劇などが公になっていましたね。

大石 私は5年間の労働組合の任務を遂行した後、広報部に異動して12年間在籍しました。こちらでも理不尽や不条理に遭遇しましたが、一方では社会に対して広報という立場からリスク管理を続けねばなりませんでした。

奥田 お上ではいろいろあったようですね。

大石 音楽普及活動をして改革しなければならなかったなかで、ついに不整脈で体が極限状態になってしまったんです。そのときに、何が正しいのか真理を求めて自分の中で答えが欲しいと思いました。そのためにカトリックの洗礼を受けようと考えたのです。

奥田 苦しかったでしょう。世の中、理不尽や不条理と戦っている企業戦士はたくさんいます。

大石 私は根が一直線だとよく言われます。「正義とは、権力と倫理とは、人の道とは……」、そんなことを考えはじめたのです。さまざまな書物を読んだり深く学んだりするいい時期でした。まさに人生の分岐点です。

奥田 それは会社の分岐点にもなったのでは。

大石 そうだったかもしれません。私という人間は翻弄されながらも、それをバネにしてしまうようです。この組織の流れを変えないといけないのでは……と思いついたのが、働き過ぎの世の中のお父さんに向けて1994年に企画した『男たちのピアノパーティ』。これは12年間続き、大成功をおさめました。

奥田 さすがですね。どんな企画ですか?

大石 家に眠っているピアノを再び復活させることを考えました。ピアノを触ったこともない世の男性がピアノを3~4カ月習い、ステージに上がり家族や大勢に披露することを仕掛けました。

奥田 「ネコ踏んじゃった」でもいいよ、と?

大石 いえいえ、違うんです。皆すごいですよ。

奥田 そうですか。後編でこの『男たちのピアノパーティ』についてもっと教えていただきましょう。(つづく) 音楽人生を物語る
『大石セレクション』  はじめはオーケストラ作りのために自分の好きな曲をメモしていたが、海外の指揮者や演奏家に「あなたの好きな楽曲を教えて欲しい」と尋ねてはその音源を探して聴いてリストにしていった。それが積もり積もって一冊になっていった。
 

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
<1000分の第308回(上)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

Profile

大石修治

(おおいし しゅうじ)
 1946年2月、静岡県生まれ。ヤマハ広報部在任中から、大人の音楽文化向上を目指した『男たちのピアノパーティ』などの新しい音楽普及イベントをプロデュース。12年間にわたり、大人のピアノブームを演出して、当初は300人ほどだった生徒数を3万人規模へと全国に広める。仙台支店長、名古屋支店長を経てヤマハ横浜社長となり、各エリアで「地域密着の音楽文化創造」を展開して業績トップ。神奈川フィルハーモニー管弦楽団では12年間、専務理事として経営再建と演奏技術向上を実現。4億6000万円の基金を集め、最大5億円に達した債務超過と借入金を解消し、楽団を救う。子どもから大人まで「音楽文化創造」の現場最前線でプロデュース。日本オペラ振興会常務理事、横浜国立大学教育人間科学部講師、洗足学園音楽大学講師等を歴任。

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