入社4、5年目の頃、石田さんはソ連(現ロシア)で3か所のサイトに5基のプラントを建設する大規模プロジェクトの現場要員となった。ところが、その時期に労働組合の役員を引き受けたため、労使の取り決めによって長期工事出張はできず、結局ソ連への赴任は幻に終わった。「あの仕事に参加していたら、その後のサラリーマン人生はずいぶん違ったものになったでしょうね」と石田さんはいう。そのプロジェクトだけで、6年間も携わった技術者もいたからだ。なるほど人生には、予期せぬ節目が多々ある。人間万事塞翁が馬。(本紙主幹・奥田喜久男)

2016.2.3 /東京・千代田区のBCN22世紀アカデミールームにて
 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第157回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

どうすれば一番いい工場になるか

奥田 東洋エンジニアリング(TEC)で、印象に残る仕事にはどんなものがありますか。

石田 入社して10年間は、メカのエンジニアでした。そして、会社がFA(ファクトリーオートメーション)をやるぞという話になったとき、私に声がかかりました。工場システム部というセクションに異動になったのですが、うれしくてしょうがなかったですね。ちょうどその頃、入社11年目ですが、九州の生協から新商品の工場をつくりたいという話がありました。

奥田 中堅どころになって、やりたかった仕事を任されたわけですね。

石田 ところが、どうみても勝ち目がないのです。食品機械があるわけではないし、生協の工場建設の実績もない。まともにやっても、ライバルに勝てないわけです。そこで考えた末、あえて工場建設の提案を出さないことにしたんです。

奥田 提案しないと不戦敗では……。

石田 九州には七つの生協があるのですが、当時、各生協の意見や要望を取りまとめて、これから具体的に始めるという段階でした。だから、いきなり建設ではないだろうと思い、まずは今後、何をやるか考えませんか、と提案そのものを変えてしまったんです。

 他社は、パン工場の建設プランというように具体的な案を出してきましたが、私はそうしませんでした。その結果、私の提案に乗っていただき、九州全体の物流の共有化ができないかといった検討をさせていただいたりすることができました。

奥田 提案のやり方が、ひと味違うわけですね。

石田 工場をゼロから建設するという案件があった場合、私はまず、どうすれば一番いい工場になるかを考えます。お客様側の責任者に「どこまでやる気ですか」と突き詰めておうかがいするわけです。セオリー通りの提案で果たしていいのかという検討もかなりやりました。でも、それだけ突き詰めていけば、より生産性の高い工場ができることがわかりました。

奥田 お客様にはどんなことを聞かれるのですか。

石田 要するに、今のやり方をどこまで変えられるかということです。例えば、機械加工をした後に部品を組み立てる場合、組み立ては比較的需要にリンクさせることができますが、機械加工の工程ではどうしてもまとめて生産したいという事情があります。すると、流れとしてはちぐはぐになってしまい、結果としてその工程の間に在庫がたまってしまいます。つまり、それぞれの工程で部分最適を求めるとそういうことが起こるので、それを全体の計画ベースでどこまでコントロールできるかを確認しておく必要があるわけです。

奥田 お客様も、かなり考えなければならないですね。

石田 ホップ・ステップ・ジャンプのホップで終わるのか、ステップまでは行くのか、ジャンプまで挑戦するのかということです。

奥田 どのレベルまでやるかの判断ですね。

石田 私たちは支援する立場ですから、理想を高く掲げたとしても、社内のスピード感や変化に対応する感覚からずれてしまえばうまくいきません。だからこそ、こうした確認が重要なんですね。
 

計画の真の目的を引き出す

奥田 お話をうかがっていると、コミュニケーションが非常に重要だということですね。

石田 お客様と共同で同じゴールを目指す仕事ですからそれは大切です。当事者であるお客様は、何か問題が生じたとき、どんな解決策があるかということを意外と多面的には考えられないものです。そんな場合、契約書に書かれた内容に少しプラスして考え、私たちがそれを提示すると、問題解決に近づく可能性が高まります。

奥田 お客様から答えを引き出してあげるわけですね。

石田 あるメーカーで、当時CIM(Computer Integrated Manufacturing)と呼ばれていた工場のシステム化を計画されており、プロジェクトマネージャーと一緒に事業責任者にお話をうかがいに行きました。システム化の狙いは何ですかと。

 すると、工場の月間計画をつくっている方は非常に熟練されているものの、一人で全部やっているというのです。後任の担当者を育てるのも容易ではなく、もし彼に何かあったら大変だということで、その方のノウハウをできるだけシステム化してほしいという要望でした。

奥田 単なる工場のシステム化ではなかったのですね。

石田 そうです。求めているのは一般的なCIMではなく、その部分を重点的に仕上げる必要があったということですね。ただ最初にいわれた通りにやるのではなく、計画の真の目的を引き出して、どこにウエイトを置くのか見極めることが、お客様の要望に応えることにつながるのだと思います。

奥田 そうした提案やヒアリングで、石田さんが心がけていたことは何でしょう。

石田 どうすればお客様がハッピーになるかを常に考えることです。提案では、HowとかHow much、つまり「どうやって実現しますか、いくらかかりますか」ということがどうしても先に立ちますが、実はWhatとWhyが大事なんです。

奥田 何のために何をやるかですか……。そういうノウハウは、どう部下に浸透させていくのですか。

石田 実際は一つひとつ、個別の案件のなかで伝えていくしかないと思っています。そこで成功体験を積むことで、身についていく。

奥田 会社独自の伝統的なものの考え方、伝えるべきDNAはどんなことですか。

石田 もともとプラントエンジニアリング会社ですから、常に海外の新しい技術を取り入れて、それを消化し、実証実験をし、お客様に完成品を提供するということについては、普通の会社より少しリードしているかなと思います。プラントもシステムも共通しているのは、難問をクリアして最後までやり遂げることです。もちろん、どの会社もそうした努力をされていますが、大切なのは“ちょっと”余計に考えることではないかと思いますね。

 

こぼれ話

 お酒好きは花見だといっては飲み、暑気払いだといってはビヤホールに出かける。酒を飲む口実には事欠かない。石田さんとはそんな席を時々ご一緒する。初めてご一緒した時、「酒はお好きですか」と今にすれば的をはずした質問であった。「ちょっと」とおっしゃった。飲むほどに底がないので、「どちらの生まれですか」と聞いたら「九州です」と。そうなんだ、思わず大きく頷いてしまった。

 なぜか私はお酒好きとの相性がいいんです。さらに九州人となると、確率はグンとアップする。それも酒を飲む口実かもしれませんが。

 さて、本題に戻そう。石田さんが話し始めると、実に長い。割り込み不能なほどにダラダラと、それでいて整然と話が続く。これは酒グセの一種類かと思いきや、そうではなく、石田流コミュニケーション術なのである。癖といえば「ちょっと」を時折さしはさむことか。

 石田さんは事象を目にすると、何かを考えないではいられない性格とお見受けした。それも幼児期からだから年期が入っている。一口に考えるとはいうものの、考えるにもスケールの大小があるように思う。石田さんのそれは大きいのだ。これはよし悪しではない。特性なのだ。そこでそのスケールに対して「What」と「Why」を投げかけたとする。その応えはきっと「ちょっと」ではなかろうか。「ちょっと」にもいろいろなスケールがある。