日本の明日は、この10年で決まる!――第45回

千人回峰(対談連載)

2010/10/15 00:00

小寺圭

小寺圭

ソニー・チャイナ・インク 元会長

構成・文/谷口一

垂直統合と水平分業

 奥田 いままでのお話のなかには、メーカーにおける「垂直統合」と「水平分業」に関連するところがありますね。

 小寺 まさにそうです。携帯電話なんかが水平分業の最たるものになっています。日本だけでモノを考えていると、すべて垂直統合でしか考えられなくなってしまうんですね。そこのところを日本の企業がわかっているか心配なところがあります。

 奥田 今の状態でですか。

 小寺 ええ。どこの企業にも垂直統合信奉者がかなりいますから。

 奥田 薄型テレビでは東芝が水平分業型で、シャープ、パナソニックが垂直統合型ですね。で、収益を上げているのは東芝だけ。メーカーは考え方を改めればいいんじゃないかと思うんですけど…。

 小寺 たとえば、シャープの液晶テレビをみてください。ずっと亀山モデルと書いてありましたね。垂直統合型の典型はあれなんです。シャープが宣伝していることもありますが、「亀山モデル」と銘打てば、お客さんが喜んで買うんですよ。要するに垂直統合を支持しているのはお客さんなのです。一社ですべて完結しているというと、素晴らしい商品と思われるんですね。

 奥田 メーカーはお客の要望に応えざるを得ない。だから、メーカーのなかでは垂直統合信奉者が「どうだ、見てみろ」ということになるんですね。

 小寺 そういうことです。

 奥田 それと同じことを世界の枠の中でやると、まったく通用しない。

 小寺 それに、中国と他の国の部品メーカーやデバイスメーカーの考え方は基本的に違うのです。他の国ではブランドをもっているメーカーに、どうやってくっついていくかということが、部品メーカーにとっての命綱だったわけです。ところが、中国の部品メーカーやデバイスメーカーは特定のメーカーっていうのは最初から頭にありません。全方位で売ろうと考えているわけです。数をこなしたほうが絶対にコストも安くなって儲かると彼らは考えているからです。だからこそ、安くていいものができるというわけです。

 そういうことを当然、日本のメーカーもちゃんと理解していなくてはならなかったのですが、いつまでも上下の関係で結びついていた。部品メーカーもそうですが、常に上下の関係で相手を見ているわけです。だから、中国へ出てからも同じ感覚なんですね。

 奥田 海外でのパーティの話を書いておられましたね。英語でのスピーチを用意していたら、来場者はすべて日本人だったって(笑)。

 小寺 そうですよ。外国人が一人もいない。さっきいったように結局、日本の構造をそのまま外国にもっていく。単にレーバーコストが安い、それだけだったんです。それを中国に当てはめようとしたところに、日本のメーカーの大きな間違いがあったのです。

「モノづくり」から「コト興し」へ

 奥田 次に、そうした問題の解決策を示唆していただきたいと思います。

 小寺 まず「モノづくり」ですけれど、私は日本でモノを作るなといっているわけではないのです。新しい技術・新しいコンセプトを生むということは大事ですし、常に考えていかなくてはならない。ただ、どんなに独創的な商品であっても、やがてはコモディティ化します。自分たちのなかだけでビジネスをエンジョイできるのは、せいぜい1年か2年です。その時に、ガラッと考え方を変えて、どうしたら高品質で安いものを作れるかを考えなくてはいけない。日本のメーカーは、その切り替えががヘタだということです。

 奥田 なるほど、そう指摘されると納得しますね。

 小寺 アップルなんかはもともと工場がないわけですから、コンセプトだけを考えて、あとは誰に設計させるのが一番いいか、誰に作らせるのがいいかを常に考えているわけです。世界中の誰でもいいわけですから、彼らにとっては。逆にいえば、チャンスは世界中誰にでもあるわけです。そんな強さがアップルにはありますね。そういうことを日本のメーカーも考えなくてはいけません。

 奥田 「モノづくり」から「コト興し」へと提唱されていますが、コト興しとはどんなことをいうのでしょうか。

 小寺 コトというのは事業ですね。事業としてどういう部分で自分たちが一番利益を得ることができるのかを、考えなくてはいけません。モノを作る部分なのか、モノを売る部分なのか、モノを使って何かをする部分なのか――。モノを作る部分は最も投資を必要とうるうえに固定費が膨大になって、一番利益が少ない。だから、そういうところは外に出してしまおう、と。

 そういうふうにトータルでビジネスを考えてみて、自分たちはどこで一番儲けるかを考える、そういうのがビジネスのあり方だと思いますね。

 そういうなかで、日本はずっとモノづくりにこだわってきたのです。それもよくみると、自動車やエレクトロニクスに偏っているんですよ。日本にはもっと誇るべきもの、いいものが沢山あるのに…。

文化の海外進出も可能

 奥田 誇るべきものとは?

 小寺 たとえば、結婚式なんかがそうです。私は海外の結婚式にも出ましたが、やはり日本の結婚式が一番素晴らしいと思います。中国やインドの結婚式にはおごそかな雰囲気はあまり感じませんね。二人の門出を祝うというよりも、一族郎党が集まってどんちゃん騒ぎをやるっていうふうな。それも、何日もかけてね。中国やインドでも、若い世代に中産階級とかビジネスマンが増えています。彼らは外国のことも映画などを観て知っているわけですよ。そうなるとやっぱり、親のためじゃなくて自分たちのために結婚式をやりたいと思う人たちもどんどん出てくると思いますね。

 奥田 ブライダル産業の輸出ですか。カルチャーに根ざしていますから少し時間がかかるかもしれませんね。

 小寺 そうですね。それに、場所によってはいろいろなアレンジメントも必要だと思います。

 奥田 ほかにも何か。

 小寺 食の分野もあります。異論はたくさんあるでしょうけれど、私はフランス料理よりイタリア料理よりも、日本料理が一番美味しいと思いますね。昔は、イタリアに行ったらどこでスパゲティを食べても美味しかったものです。だけど。今はサイゼリアのほうが美味しいなと思いました。そのくらい日本が洗練されてきたんですね。

 ところで、マクドナルドもケンタッキー・フライド・チキンもタコスもピザハットもみんなそうですけど、アメリカという国は他国の食であっても世界的な規模で事業化していくんですね。やはり事業化というのが本当に大事なんです。老舗的なレシピもいいですが、庶民が普通に美味しいものを食べられるっていうと、やはりフランチャイズ化するっていうことが大事なことですし、これだって大きな産業ですよ。

 奥田 そうですよね。

 小寺 今、海外では日本食ブームです。でも海外に行って、これっていう日本食レストランの名前がどこへ行ってもあるかというと、そんなことはないですね。回転寿司もあちこちにあるんですが、日本でよくあるチェーン店があるかといえば、それもない。だから日本人はそういったことが事業化できないということですね。このままいくと、アメリカブランドの世界的な回転寿司チェーンができてしまうかもしれませんよ。

 奥田 確かに、食品関係では今のところ、日本企業の世界チェーンは聞いたことないですね。

 小寺 日本から海外に出ているのは、自動車とか電器とかに限られているんです。

 奥田 なるほど、それが偏りとおっしゃったんですね。

 小寺 もしかしたら、外敵から守るために作った非関税障壁の壁が、実は自分を閉じ込めてしまう壁になってしまったということがあるかもしれませんね。

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