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『初音ミク』の生みの親が語る開発秘話――第41回(上)

伊藤 博之

伊藤 博之

クリプトン・フューチャー・メディア 代表取締役

携帯電話の着メロでビジネスが広がる

 伊藤 それでなんとかマーケットを広げられないかと常に考えていたわけですけど、ひとつのきっかけになったのが携帯電話でした。

 携帯電話の着メロが2000年頃からビジネスになり始めてきて、最初はメロディだけだったんですが、短いちょっとした音を録音して、それを着メロの中に含めることができるようになったんです。着信したときに「ホーホケキョ」と鳴くとか、音としての着メロができるようになってきた。ほんの小さな音しか入りませんが、われわれとしては、一般の人に音を売る窓口として、携帯電話っていうのがありだと気がついたわけです。だからすぐに携帯電話のキャリアに企画書を持っていって、公式サイトをいくつかつくらせてもらいました。それは今も継続的にやっています。

 奥田 それは全キャリアで?

 伊藤 そうです。それの延長でいろんな音の入ったプリセットをメーカーにライセンスしたりもしています。ただ、それにしても音を売るというのはビジネスとしても非常にニッチな世界なんですね。まあそういうなかで、音のビジネスをもっと広げていこうということでバーチャル・インスツルメントへも力を入れていったわけです。

バーチャル・インスツルメントへの展開

 奥田 バーチャルな楽器ということですか。

 伊藤 要するに仮想楽器ですね。パソコンにインストールして使う楽器です。グランドピアノやもっといえばオーケストラなんかは普通、もちたくてももてないわけですね。それをパソコンのソフトウェアで実現できれば、自分のものにすることができる。オーケストラだって可能なわけです。コストも大幅に安いし、限りなく生の音に近いものがつくれます。

 奥田 そんなに生に近い音がつくれるの?

 伊藤 ピアノでいえば、たとえば午前中は「ベーゼンドルファー」を弾いて、午後からは「スタインウェイ」を弾く、なんてことがバーチャル・インスツルメントではできるんですね。

 奥田 へえ、それは驚きですね。

 伊藤 オーケストラの演奏も可能で、うちでも販売していますが、フルセットで200万円を切る値段です。高いといえば高いかもしれませんが、オーケストラを呼んで会場を借りてと考えると…。それにバーチャル・インスツルメントなら何度でも使えるわけですし、結局は大幅に得になります。

 奥田 そういうものを買われるお客様っていうのは?

 伊藤 たとえばゲームの制作会社などですね。ゲームのなかでちょっとしたオーケストラ音楽を使ったりする場合には、オーケストラを呼ばなくてもバーチャル・インスツルメントでつくれば、それですんじゃう。

 奥田 生に近い音をどういう風にしてつくっていかれるのでしょう。

 伊藤 ピアノでいうと、本物のピアノの音をオーディオデータとして全部録音するんです。それをMIDI鍵盤で弾いて、対応する音を出す。単純にいえばそういう仕組みです。ただ、元の音を録音するといっても、一つ一つの音でも当然強弱もありますから、それらの可能性を全部録音するんです。だから相当な量になります。

 奥田 そこが企業秘密ですね。どのくらいの量になるんですか。

 伊藤 何十GBになりますね。だからハードディスクには入っても、RAMには読みきれません。RAMは2GBぐらいですから。せっかく録った音も、RAMには全部をロードしきれない。それを技術的にどうやって解決しているかというと、ハードディスクストリーミングという技術を使います。たとえば音の出だしの1秒だけをRAMにもってきて、残りをハードディスクに蓄えておく。バーンと弾いた出だしの音をRAMから引っ張ってきて再生して、1秒間が終わるところで残りをハードディスクから探し集めて再生しているわけです。

 奥田 それは昔からあった技術?

 伊藤 2000年頃からですか。そういう技術があるからバーチャル・インスツルメントが高品質で、パソコンのなかでつくれるわけです。ガリガリに書いたプログラムがそういった処理をしているわけですね。プログラムの勝利ということです。

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