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先進的なプログラミング教育「旭川モデル」の下村幸広先生、eスポーツでチャレンジ促す

インタビュー

2021/09/28 17:00

── eスポーツを通じて見えてきた生徒の新しい可能性などもあるのでしょうか。

下村 まだ、あまりないですね。ただeスポーツの向こうにあるものは生徒が意識するようになってきました。eスポーツをやって大会に出たら有名になるんじゃないかとか、配信にちょっと興味出てきたなとか。そういう興味の広がりは感じます。

 まぁ効果とかそうなるのかはわかりませんが、興味を持つ、ということがまず全ての大前提だと思います。知らないことには目は向かないし、興味のないことは見ても覚えていません。その最初の「知る」「興味を持つ」ということの第一歩にはかなりいい感じだと思います。
 
活動風景

── 大会を探してくるのも部員ですか。

下村 いえ、大会を探してくるのは私です。「こんなのがあるよ」と。どちらかと言うと「こんな大会があるから出なさい」という感じですかね。と言いますのは、最初の頃、「大会に出たくない」という声が生徒から出てきたのです。「ズタボロにされるし面白くない。ゲームは楽しみたい」という声があがりまして。それを聞いて、ここは自分の出番だなと。「何を言っているんだ。好きなことだけ楽しくやるなら家でやれ」ということで、生徒は一応納得しました。でも最近はなかなか楽しくやっていますね。

── グイグイと押し付けるような指導はせず、要所で導くというスタイルですね。

下村 課題を感じた時点からが学習と思っています。表向きは勝つことを目標としていますが、緊張しない方法を事細かに説明するような世話焼きはしません。あくまでも部活動は好きなものの集まりなので、集まりが良い方向に行くための手伝いに徹します。

── eスポーツ部ならではの魅力はありますか。

下村 小さな大会をたくさんできるのがeスポーツのいいところだと思っています。そういう大会を通じて自分なりの目標を設定していくことが大切かなと思います。

 自分は学生時代、陸上競技をしていました。陸上競技のいいところは勝つとか勝たないということだけじゃなく、「記録」という目標があるわけです。100メートル9秒で走るのは無理かもしれないけれど、11秒3で走る。そういう自分なりの目標を設定できるようになっていけばいいなあと思っています。勝ち負けではなく、自分たちが納得いくプレーや、自分たちが満足する超絶プレーの様子を動画に記録して、それをYouTubeにアップするなど、そんな雰囲気が出てきてほしいですね。

 今はそれでいいと思っています。もちろん、学校側としては大会で勝ってほしいという気持ちがあると思うのですが。みんな経験ゼロですから、ポンポンすぐに勝てるわけではないですし、本気で勝ちたいという生徒が多くなってきたらまた考えます。

── 元々ゲームをしていたという部員はいないのでしょうか。

下村 いるかもしれません。しかし、興味はあるけれど「親になんて言われるかわからない」とか「友達にeスポーツ部なの? なんてバカにされる」とか「オタク臭がする」とかまだやっぱり「自分の趣味はゲームです」と胸を張って言えない空気があると思うのです。そういう空気はありませんか。

── まだ履歴書に「趣味はゲーム」と書く人はあまりいないかもしれませんね。

下村 そうですよね。まだデメリット感じますもんね。だから私の究極的な目標はゲームの価値の向上、というところなのかもしれません。プログラミングも同じですよね。今だったら履歴書に書けますけど、少し前だったら「趣味=プログラミング」なんて書くと「廃人」みたいな? 長髪のメガネを掛けている人というイメージ。「趣味=パソコン」でもそんな空気がありましたよ。

 いまはようやく市民権を得てきた気がします。でもゲームはまだまだですね。「趣味=パソコン」が市民権を得たのは、何かが変わったんじゃなくて世代が変わったからだと思います。仕事でパソコンを使う世代が増えてきた、という。

 ただ、それを漫然と待つのではありません。子供たちが大人の顔色を見て隠すというのでは健全に育成できないので、子供のやりたいということはサポートするという大人の度量が必要だと思っています。そういう点にこれからも注力していきます。

── 今の生徒は小さい頃からスマホやタブレットを持っているなど「デジタルネイティブ」と言われるような世代ですが、高校生とeスポーツの相性は良くなってきているのでしょうか。

下村 私も大会に出て勝ったら嬉しかった、もっと練習しようと思ったので、「今の子供」特有、ということはあまりないと思います。一方で、eスポーツやゲームに対する“しきい値”というか抵抗感は減ってきているとは思います。あちこちで大会がありますし、大人も応援してくれる。自分がスト2の大会に出たと話すとみんなに笑われました。27年経って役立つとは思ってもみなかったです。
 
2019年に撮影

── まだゲームに対する風当たりが強いころからeスポーツに取り組んでいたということは、先生ご自身もやりたいことをやるということを大切にされてきたということですか。

下村 大切にするなんて気持ちはありませんでしたけれど、「負けたくない、やる以上は勝たなきゃダメだ」みたいな気持ちがありました。どうやったら勝てるかっていうことを考えるのが好きだったんですね。

── 小さい頃から好きなことを突き詰めてこられた、と。

下村 いや、突き詰めるというか、好きなことしかやらなかったんですよ(笑)。

── そういう生徒の手伝いがしたい、ということですね。

下村 そうですね。それとやはり私も教師として30年やってきて、生徒に結構間違ったことを言ってきたなあと、後で反省することが多いんです。中でも今でも後悔していますが、昔ミュージシャンになりたいっていう生徒に対して、指導で進路を曲げさせた事があるんです。

 それを非常に後悔し、今でも反省しているんですよ。「どうせ、そんなのでは食っていけない」と言ってしまった。なぜミュージシャンになりたいという気持ちを認めてやれなかったのかと。教師として失敗したなと思っています。だからこそ、次は失敗したくない。やりたいことは「やりたい」と生徒にはっきり素直に言って欲しいし、本当に頑張れることだったらいくらでもできるはずだ、とそのことをきっかけに自分の中で指導方針が変わったんです。

 「好きを突き詰めろ」というのは、むしろ自分自身、教師としての反省です。

 世間一般で、先生も大人も自分の受けてきた教育などの影響を受けて、結局、高学歴でなるべく良い会社に就職して、そしてそれなりの給料を貰うっていうのが幸せなんだろうみたいな、刷り込みのようなものを受けているんです。将来、何になりたいって質問されて、大きくなるわけじゃないですか。それって自動的に“どんな職業に就きたいか”なんですよね。決まった職業に就くことを強制していたような気がするんです。しかし、これからはAIが単純な仕事を担うという話もあるし、人間が人間らしくありたいこと、好きなことを突き詰めた方がいいんじゃないかと思うんですよ。大企業に就職したらそれで幸せかというと、心を病んで辞めてしまった生徒もたくさん見ています……。

 就職=ゴールっていう考え方ではなく、「人生はスキルだ」と考えるようになったんです。仕事していることがスキルアップにつながらないと思ったら、とっとと損切りして違うことをやった方がいい、と考え方を変えたんです。大学もスキルアップの一つと言えますね。どれだけスキル、つまり自分の能力を高められるか、ということです。仕事に対してもそういう観点で、いつでも辞められるって気持ちがあれば、心を病んだりすることはないんですよ。

 そこに居なきゃいけないと思った瞬間に心を病むきっかけが生まれるんです。さっきのゲームの話ではありませんが、「やれ」と言われたら、やりたくなくなりますよ。自分がいつでも辞められるためにはそれなりのスキルが必要だから、スキルを高めていく、という気持ちをもつことが大切なんだ、という方針で指導しています。

──できるだけ多くの経験を積め、ということでしょうか。

下村 自分のやってきたことを振り返るということは大事でしょうね。検証というか、 PDCAサイクルというか、検証するという作業は大事です。ゲームにしろ、将棋にしろ、終わった後に検証してディスカッションするのは一番いい勉強になりますよね。直後に反省するのは大事です。無理して失敗する必要はないけれども……あえていうならチャレンジですよね。

── そういうことで先生も生徒に大会に出て欲しいというわけですね。

下村 いえ、「出て欲しい」ではなく「出なさい」です(笑)。チャレンジしないと何事も始まりませんから。

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