「デジタルニッポン再生論──ITトップが説く復活へのラストチャンス」#5

 一風変わった社名のHENNGE(ヘンゲ)。10月に東証マザーズに上場したばかりだ。1996年11月にホライズン・デジタル・エンタープライズとして創業、2006年にHDEと社名を変更し、今年2月、HENNGEに改めた。「テクノロジーの解放で世の中を変えていく」というミッションを掲げ、自らも変化し続けること表している。複数のクラウドサービスを横断的にID連携させるプラットフォーム「HENNGE One」を中心としてビジネスを展開する。変わり続ける彼らにとってDX(Digital transformation=デジタルトランスフォーメーション)とは何か。何をどう変えれば実現できるのか。IT業界のトップに率直に訊いて歩く連載「デジタルニッポン再生論──ITトップが説く復活へのラストチャンス」。第5回はHENNGEを創業者した小椋一宏 代表取締役兼CTOだ。
 
HENNGEの小椋一宏 代表取締役兼CTO 
本社ロビーで撮影

 「パソコンやスマートフォン(スマホ)、タブレット、AIスピーカー……。消費者にとって、IT環境の革新はめまぐるしい。これをビジネスの世界に取り込んでいくことがDXではないか」そう語るのは、HENNGEの小椋社長だ。テクノロジーの民主化が進むにつれ、誰もが先端技術を駆使した製品やサービスを日常的に使いこなすようになった。その感覚やスピード感をそのままビジネスに持ち込む、そんな考えだ。

 だが、年かさの経営者にとってはスマホすら縁遠く、若い人たちが使いこなしている新しいテクノロジーのスピード感をビジネスに取り入れる、と言われてもピンとこない、としたら……。「若い頃、どこかの企業に入社するとして『弊社は文章を書くにあたり、必ず墨とすずりを使い筆で書きます』と言われたら、どう思ったか、問うてみればいい」と、小椋社長は分かりやすく例えた。ビジネスにおけるテクノロジーは、もはやボールペンやサインペンと同じレベルなのだ。

 「消費者向けの市場では、いろいろな技術がぶつかり合って新しいものがどんどん生まれている。生き残るのは評価されたものだけだ。そのうまみをビジネスでも生かせばいい」(小椋社長)。しかし、個人レベルでスマホを導入するのとは次元が違う。ビジネスに新たな技術を取り込むには、システム移行という大きな痛みが伴う。今はなんとか動いているからいい、そのうちに最新システムに刷新しよう、などと考えているうちに、どんどん新システム導入に対する痛みが増していく。想像を超えるスピードで新たな技術が登場する今日においては、3年、5年といったスパンでのシステム刷新では追いつけない。導入にあたっては、その都度大きな痛みを味わうことになる。
 
日々連続的に変化していく波に乗ってしまえば、後は楽だと語る
小椋社長

 「数年に一度、という不連続で大きな変化ではなく、日々連続的に徐々に変化していく流れに乗ってしまえばいい。痛みは最初だけ。後は自然に最新のテクノロジーを享受しながらともに歩める。しかも楽に。これがDXの端緒になる」と小椋社長は説く。日常的に連続的な変化をもたらすシステム、例えば、クラウド技術を活用したSaaS(Software as a Service=サービスとしてのソフトウェア)だ。スマホのアプリと同じように、日々更新されていくサービス。ソフトウェアパッケージを購入するのではなく、利用料を払うというビジネスモデルだ。マイクロソフトのOffice365もその一つだ。少しずつ改良が加えられているが、ユーザーはあまり気づかず、いつの間にか最新の機能に馴染んでいける。「去年の画面と今年の画面で何が変わったかと聞かれてもほとんど答えられないだろう。スクリーンショットを取れば、実はだいぶ変わっていることに気づく。こうして知らない間に変革し、革新していることがポイント」だという。

 HENNGEは、企業が進めるDXを後押しする。SaaSといっても一種類では済まない。メールやファイル共有から始まり、グループウェアや顧客管理、営業支援、人事・労務管理など、一つの会社でも数多くのサービスを組み合わせて使うことになる。それぞれを自社に最も合う優れたサービスを選択、活用しながらより良いサービスが見つかれば、どんどん乗り換えていけばいい。ただ、複数のサービスを並列的に使う際には小さな痛みが生じる。IDやアクセスの管理だ。こういった問題を解決するのがHENNGE One。これもクラウドで提供するSaaSの一つだ。売り上げの8割を占めている。
 
HENNGEのWebサイトトップページ。
ここにも変化へのこだわりが満ちている

 HENNGE自身もその名の通り大きく変化した。「クラウド化を進めることになったのは、11年に提供を始めたメールのSaaSから。お客様からのいろいろなニーズを受けて対応する形で日々機能を追加していくと、お客様が連続的な変化の波を当たり前のものと考え、お客様自身がどんどん変革し始めた。柔軟な働き方にもつながった。HENNGEも、新しい働き方に対応するためのセーフティーネットをたくさん用意するというコンセプトに変わっていった」。これが現在のHENNGE Oneにつながっている。顧客のニーズに応じてサービスを進化させることで、自身も顧客も変わっていく。まさにDXの動きそのものだ。

 「ある企業は、初めはメールだけをクラウドにするつもりだった。ところが、いつの間にかDXの波に乗ってセールスフォースを導入し、マーケティングオートメーションツールのMarketo(マルケト)を活用してどんどん進み、気がつけばSaaS活用企業に生まれ変わった。そうした例をいくつも見てきた」と小椋社長は振り返る。とにかく何か一つ、小さなものでも構わないからSaaSを導入し、体験してみることだ。「連続的な変化が体験できるものを導入して、それが実際に自分たちのビジネスにどういい影響を与えるのかを体験する。社内でそれを布教できる人をつくる」。どうやら、これがDXへの近道のようだ。

 「社名をHENNGEに変更して、失敗を容認するというメッセージを社長自ら社内に発信している。100回失敗してこそ1回の成功が得られる。とにかく新しいチャレンジをしよう。100回の失敗をしようと言っている」と小椋社長。あらゆるSaaS製品やデジタル技術を試しながら、競争力を獲得しようというわけだ。「環境が変わり続けている中では、経営的に考えても自分たちも変わり続けなければならない。2年後には滅んでもおかしくない、常に危機感を持ちながら、自身が常に新しいものを試し続けて変わり続けるようにしている」。自分自身の進化だけでなく「まずは私たち自身が試さないと、お客様に何をお勧めしていいか分からない。後々お客様が導入するかも知れないサービスについて、問題点や強みを知るために、自ら地雷を踏みに行く」ことで、より実践的な提案ができるようになるわけだ。
 
情シスの人たちがDXのヒーローになれるチャンスだと語る
小椋社長

 「本音で言うと、今後情報システム部(情シス)の人たちはいらなくなる。管理すべき情報は、どこかのクラウドにあり、それらは自動的に管理される世界が間もなくやってくる。システムごと置き換えられてしまうかも知れない。だからDX担当に生まれ変わるしかない」と小椋社長は見る。逆手に取れば、情シスはDX推進で人気者になるチャンスでもある。「自分が何もしなくても、勝手にどんどん良くなっていくものをいっぱい管理するだけでいい。その面倒さえみていれば、みんなが頼ってくれる」。発想の転換が必要だ。DXは生産性向上を目指すことでもある。つまり働き方改革も密接に関連している。「だから今がチャンスだ。社内でも応援されやすいテーマを掲げ、同時にDXも推進できる」。

 「確かに、困っていなければ無理矢理デジタル化する必要はない……。いやいや。困っていないはずはない。気づいていないだけで。本当は必要なことが山のようにあるはずだ。今のままで、本当に戦い続け、生き残ることができるのか」小椋社長は問う。DXの理想を掲げる前に、まずは小さなサービスを導入して試してみればいい。重要なのは、最初の一歩だ。(BCN・道越一郎)