スマートフォン(スマホ)決済サービスなどで生活に身近になったQRコードが1994年8月の開発から25周年を向かえ、開発会社のデンソーウェーブは8月8日、記念イベントを開催した。同い年で女優の川島海荷さんも登壇し、「ここ1、2年の話かと思ったら、ずいぶん前から使われていることに驚きました」と語りながら、自身の成長と重ね合わせながら、QRコードの歴史を振り返った。

QRコードと同じ25歳の女優の川島海荷さん

 QRコードとの最初の“出会い”について聞かれた川島さんは、「携帯電話を持ち始めたころに、母親から使い方を教わって、こんな複雑な絵からなんで分かるのだろうと不思議に思いました」と語るとともに、「最近だと当たり前のように使われていますが、自分が小学生のときに、すでにあったというのは驚きですね」と話した。

 94年に川島さんが生まれた時と同じくして、産声を上げたQRコードは、もともとトヨタ自動車の世界的に有名な生産方式であるカンバン方式で使われていたバーコードの情報量が足りなくなってきたことがきっかけで開発された。
 

 線の太さの違いでしか表現できないバーコードは情報量が20文字しか入らなかったところ、QRコードは7000文字(約200倍)を入れることができた。しかも、記録密度は約40倍で、印字された面積の30%が汚れたり破損しても、誤り訂正によってデータの復元が可能。1秒間に30個のコードが読み取れるという全方向、高速読取も特徴だった。
 

 川島さんが小学生だった2006年、すでにQRコードはスマホがチケット代わりになるモバイルチケットに採用。紙のチケットをやり取りするための郵送料や時間がかからず、入場もスムーズに行われるようになった。
 

 川島さんは高校生だった10年。「クラスでもあまり目立つ方ではなかった」という。しかし、体育祭の騎馬戦に乗る役になり見事に勝ち残った。「女子の戦いに勝って守りきるほど、負けず嫌いだった」と振り返る。そのころ、すでにQRコードはキャッシュレス決済で使われるようになっていた。

 QRコードが特許の権利の行使をせずに規格をオープンにしたことも、世界中で使われるようになった大きな要因だ。特に中国でスマホが普及するのに合わせて、SNSやスマホ決済が爆発的に増えていったことは、一般ユーザーにもQRコードの存在が広く知られるようになったきっかけの一つだろう。中国では、屋台で食べ物などを購入する際にもQRコードが使われるほどだ。
 
右からデンソーウェーブの杉戸克彦会長、川島海荷さん、
開発者のデンソーウェーブ AUTO-ID事業部の原昌宏主席技師

 デンソーウェーブの杉戸克彦会長も「開発されたときは生産現場で知った。すごい技術だと思ったが、工場の中で使われるもので、今のように世界中で使われることになるとは思わなかった。特許をオープンにした当時の経営陣に敬意を表したい」と語った。

 QRコード開発者の原昌宏主席技師は、解析やシミュレーションを当時のスペックのPCで行っていて、朝、会社に来てみたらPCがクラッシュしていた開発当時の苦労などを振り返った。

 イベントが開催された8月8日は原主席技師の誕生日でもあり、サプライズでQRコードが読み取れるケーキが運ばれた。読み取るとQRコード25周年の特設サイトに飛ぶ仕掛けだ。

 すかさず川島さんが「(読み取れなくなるから)食べられないじゃないですか」とツッコミを入れると、原主席技師は「QRコードは30%まで破損しても読み取れるから、食べても大丈夫」と返して会場の笑いを誘うなど盛り上がった。