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99%の騒音を消すヘッドホン、実現させた世界初のデジタル化技術とは

インタビュー

2008/04/28 01:05

 ソニーが4月21日に発売した、デジタルノイズキャンセリングヘッドホン「MDR-NC500D」。世界で初めてノイズキャンセリング機能をデジタル化し、周囲の騒音を約99%低減するという画期的な製品だ。デジタル化で何が変わるのか? その仕組みは? 開発チームに誕生までの裏話を聴いた。

●99%のノイズキャンセルとは?


 ノイズキャンセリングヘッドホンとは、周囲の騒音(ノイズ)だけを電気的に打ち消し、音楽など目的の音だけを静かな状態で楽しめるヘッドホン。主に飛行機内の騒音対策として開発され、最近では一般にも普及し始めている。従来の製品は、アナログ処理でノイズを打ち消していたが、ソニーでは、世界で始めてノイズキャンセル機能をデジタル化、大幅に機能を向上させた。

 ノイズキャンセリングヘッドホンの基本的な原理は「ノイズの音の波形(位相)をヘッドホンで感知し、その位相と逆の位相の音を作って流すことでノイズを打ち消すこと」と説明してくれたのは「MDR-NC500D」の開発に携わった角田直隆・オーディオ事業本部第3ビジネス部門1部主任技師。

 角田氏によれば99%のノイズキャンセリングというのは「全く音が聞こえなくなるということではないんです。そう思っちゃう人が多いんですが、イメージとしては少し違います。あくまでノイズのみを99%カットして、音源から出ているナチュラルな音をそのまま聞こうということ」だという。

 「今回、キャンセリング機能のデジタル化により、3つのメリットを得ることができた」と語る角田氏。それが99%というより強いノイズキャンセル効果、よい音質、デジタル化による付加機能の3点だという。角田氏が「現時点で世界トップの技術だと思う」と胸を張る製品の仕組みはいったいどういったものなのだろうか?

 ●デジタル化による3つの恩恵

 1つ目のメリットである強いノイズキャンセル効果についてだが、角田氏によるとノイズキャンセルにはまず「ヘッドホンが周りのノイズを検知し、リアルタイムで逆位相の音を送り出す」ことが必要。「MDR-NC500D」内部にはマイクがあり、これが耳元のノイズと音楽が混じった音を認識すると同時に、ヘッドホンの入力プラグから来る、純粋な音楽信号との比較を行う。こうすることでノイズの成分が明らかになるわけだ。


 ただ「ノイズの周波数が低いときは、ほぼリアルタイムでキャンセルできるんですが、高い周波数になると処理が追いつかず、ハウリングを起こしてしまうんです」と角田氏は説明する。そこで「ハウリングを起こす高い周波数を、ボリュームを落としてカットし、キャンセルできる低い周波数は残しておく」という処理が必要になる。そして、ここをデジタル化すると、アナログに比べて精度が圧倒的に向上し、キャンセル効果が上がるのだという。


 ただ、これまではデジタル化すると、このノイズ検知→処理までに要する時間がかかりすぎてしまう点が課題だった。この時間的遅延の問題をクリアしてくれたのがソニーの技術の積み重ねだったと角田氏は言う。「ソニーは1993年頃からノイズキャンセリングヘッドホン事業を開始しました。いわゆる技術的なブレイクスルーはありませんでしたが、15年間の蓄積で、処理に必要なハード/ソフト両面の高性能化、小型化を成し遂げたんです」

 2点目のメリットはデジタル化による音質の向上。「ノイズをキャンセルしただけだと、低音が持ち上がったモコモコした音にしかなりません。それをナチュラルな音に補正するイコライザーが必要です。従来はアナログ回路によるイコライジングをしていたのですが、ここもデジタル化したことで、非常に緻密な補正が可能になりました。これが高音質になった理由です」(角田氏)

 「もちろん同程度のノイズキャンセルやその後のイコライジングは、アナログ処理でもやれるといえばやれます。ただ、そうすると回路が大きくなりすぎて、ノイズをキャンセルすべき回路自体がノイズを発生してしまうんです。その点デジタル処理は基本的に計算だけですから、ノイズの問題は出ません」と角田氏はデジタル処理でなければならない理由も教えてくれた。
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 そして3点目のメリットは角田氏が「これはデジタルでないとできない」と語る「AIノイズキャンセリング」機能。「『MDR-NC500D』開発に当たり、よく使用されるであろうシーンを調査したのですが、その結果、飛行機内、電車やバスの中、そしてオフィスの中といった3つの主な利用シーンが想定できました。そこで、『MDR-NC500D』にはその3シーンそれぞれに適したキャンセル特性を持たせたんです」

 ただし、複数のキャンセル特性を持たせるだけならアナログでもできるのだという。ただ「MDR-NC500D」は、装着してから「AIノイズキャンセリングボタン」を押すと3秒間でその場のノイズを解析し、3つの特性の中から最も適したものを自動で選んでくれる。この自動解析こそ「デジタルでなければできない」部分であり、非常に有効な機能なのだという。


●人によってノイズの感じ方が違う!

 このようにしてデジタル化によるさまざまな恩恵を得た「MDR-NC500D」だが、開発中にはさまざまな課題があったという。「ノイズのキャンセル量を上げるというのがやはり苦労した点」と語るのはプロジェクトリーダーを務めたオーディオ事業本部第3ビジネス部門1部の水内崇行氏。開発中「だいたい完成したというところまできて、また仕切りなおしになった」というほど大きな問題があったと明かしてくれた。

 「人によってノイズと感じる領域がぜんぜん違っていたんです。我々は主に低い領域のノイズを消すことに注力していたんですが、もっと高い領域をノイズとして感じる人もいました。何をノイズとして感じるのかは千差万別。使う人すべてを満足させるためにどうするかという方法論が見つからず、3ヶ月ほど悩んでいました」と角田氏は説明する。

 「そこからは誰がどういった音をノイズと感じているか、テスターへのインタビューを繰り返しました。ノイズと思う部分を指摘してもらいさえすれば、解決する技術策はいくつかある。必要なのは問題点を明確にすること。ディスカッションしかありませんでしたね」(角田氏)と、ある種執念にも似た思いで開発チームはこのカベを乗り越えた。

 そんな強い意志の裏には15年来ノイズキャンセリング開発に携わってきた思いがあるのだと水内氏は語る。「このプロジェクトに関わっている人数は結構多いんですが、15年前にノイズキャンセリングヘッドホンに関わっていた人が再び戻ってきたりもしているんです。実は私もその一人です。そんなメンバーが偶然というべきか再び集合した。旧友に再会して、運命的なものも感じましたし、なんとかしてこの15年間の思いを達成しようと思ったんです」

 角田氏も同様に昔を振り返る。「15年前、まだ私が3年目の駆け出し設計者だった頃、研究所レベルで製作されたデジタルのノイズキャンセリングヘッドホンを使って、なんて音がいいんだと思ったんです。その記憶が残っていて、いつか製品化をしたいと思っていましたね」と感慨深げに話してくれた。

●「世界初」を目指して、ヒヤヒヤしながら開発を急いだ

 いいものを作りたい、そんな思いのもと「MDR-NC500D」を開発していた開発チームだが、水内氏は「そうは言っても我々としては世界初という点を言いたいわけですから、開発中は他社に先んじられないかずっとヒヤヒヤしてました。性能は上げなきゃいけないんだけど、早く世に出して世界初とも言いたかったんです」と苦笑しながら技術者ならではのジレンマを振り返る。

 オーディオ事業本部総合企画MK部門・PA商品企画MK部企画3課の間利子佳奈氏はそんな開発チームを「まだまだ性能が足りない、こんなんじゃ出せない。世界一といえるものにしてくださいと口うるさく」激励してきた。その裏にはユーザーにいい製品を届けたいという思いがある。

 「ノイズキャンセリングヘッドホンは国内での認知度はまだ低い。企画の立場としては、まずはユーザーへ製品に対する驚きや発見を伝えていく啓蒙活動が重要です。販売店の店頭で、ノイズを出しながら実機を使ってもらえればいいんですが、そんなスペースのある大型店舗は限られています。店によってはうるさいからやめてと言われたり(笑)」とプロモーション面から開発チームの思いをサポートしようと奮闘している。ソニーのショールームでは実際にノイズの中で「MDR-NC500D」のキャンセル機能を体験できるというので、興味のある方は足を運んでみるといいかもしれない。

 デジタルの世界では技術は日進月歩だという角田氏にとって「ノイズキャンセリングヘッドホン開発も終わりがない旅のようなもの。海外のメーカーも非常に強い分野ですから、脅威は感じています。ただ、現時点で言えば、たとえばBOSEさんがいいノイズキャンセリングヘッドホンを出してますけど、キャンセル量も音質も我々の製品の方が上だと思います」と自信を見せる。

 そんな角田氏に今後の展望を尋ねると「これからのノイズキャンセリングはデジタル式が主流になるだろうから、そのときに今と変わらず先頭を走っていたいという思いは強いです。そのためにはもっとキャンセル性能を高めたいし、デジタルならではの素敵な機能を他にも考えていきたいですね」とまさに「終わりのない」夢を教えてくれた(BCN・山田五大)