かつてNTT、AT&Tという日米を代表する通信会社で技術者として活躍し、コンサルティング業界を経て、現在は東京理科大学の社会人大学院(MOT)で教鞭をとる宮永教授。学生のほとんどは現役バリバリの技術者や経営者だという。インタビュー企画とはいえ、頭の片隅にわがBCNのビジネスモデルと未来像をひそかにたずさえて、神楽坂の真新しいキャンパスを訪れた。予想にたがわず、BCN、いや日本企業全体にとって有益な示唆に富んだ取材となった。【取材:2013年9月5日 東京・新宿区神楽坂の東京理科大学にて】

「新たなコンセプトを生み出すためには
多様性をもつことが重要です」と宮永さんは語る
 
 「千人回峰」は、比叡山の峰々を千日かけて歩き回り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借しました。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れることで悟りを開きたいと願い、この連載を始めました。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第95回>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

市場のニーズと自社のシーズを結びつける

奥田 先生は社会人大学院(MOT)で、コンセプト創造論や新事業開発論について教鞭をとっておられますが、本来の専門分野は何だったのですか。

宮永 大学時代は超伝導を研究していました。当時、IBMなどが超伝導の高速デバイスをつくろうとしていて、私もそれを卒業研究のテーマにしたんです。でも、超伝導はなかなか実用化できそうにないというのが私の結論でした。その後、私は当時の電電公社の研究所に就職し、そこでシリコンという非常にありふれた材料を使って、超伝導よりも速いデバイスを開発することに成功しました。このため、超伝導ブームは一気に去って、IBMも研究をやめてしまったんです。その研究と現在の仕事とのつながりですが、研究所時代に「最高性能の技術を開発すれば、それだけで売れる」という大きな誤解をしていたことが、今につながるスタートです。電電公社は独占企業体だったこともあって、マーケティングの考え方がまったくなかったですね。

奥田 その宮永先生が、今はマーケティングを論じておられる。

宮永 その後、私はAT&Tのベル研究所に移り、さらに製品のマーケティングに携わりました。AT&Tは通信会社ですが、NTTと異なるのはメーカー部門をもっていたことです。日本でいえば、NTTにNECや富士通がくっついているような形態です。携帯電話機メーカーのリーダーがモトローラからノキアに変わった頃で、技術的にはアナログからデジタルへの移行期でした。デジタル移行に伴って、さまざまなデバイスがAT&Tで開発されたのですが、私はそれを電話機メーカーに採用してもらう活動をしていました。

奥田 なぜ、マーケティングの道に進まれたのですか。

宮永 自分が携わった研究成果や技術が、製品としてリリースされ、社会に役立って喜ばれるプロセスをこの目で見たいという思いが強くなったからです。AT&Tの本社はアメリカですが、日本の携帯電話機メーカーに売り込んだり、共同開発したりするための人材が必要だということで、技術が理解できて、通信会社にいた私はAT&Tにとって都合がよかったわけです。

奥田 当時のベル研は社会的ステータスも高かった。

宮永 私がAT&Tに入った頃は、3万人の技術者がいました。うち3000人は基礎研究に携わり、その人たちは実用化を考えることなく、いわゆるノーベル賞級の研究に没頭するわけです。残りの2万7000人は、事業部の開発部門で半年後とか一年後の商品開発を行います。その先、将来の技術シーズは基礎研究部門にありますから、マーケティング部門の人は開発が一段落すると基礎研究部門に行って、どんな研究が行われているかをみて、技術を人材ごと借りてくるんです。彼らは「ローン」といっていましたが、人とともに技術が開発部門に移ってくる。

奥田 それは強力な体制ですね。

宮永 マーケティングというと、市場を観察・把握することとよく教えられますが、それだけではなく、自社のもつ技術のシーズも頭に入れておかなければなりません。その両方をみて結びつけられるのが、本当のマーケティングなんです。
 

「素人発想」を「玄人実行」する

奥田 アップルやグーグルやアマゾンが、最初のビジネスをさまざまなかたちに展開して新たな付加価値を生み出しているのに対して、日本のメーカーは売りっぱなしで、焼畑農業のようなことを繰り返しているように思えます。

宮永 おっしゃる通りですね。ある意味、日本企業は淡白なんですよ。例えば、ソニーとJR東日本が共同開発した非接触ICカードのSuicaはBtoBマーケティングの見事な例といえますが、当初は「電子乗車券」という位置づけで開発が進められていました。つまり、単一機能で波及効果が見込めないわけです。ところが同じ頃、ソニーは香港のオクトパスカードという案件に取り組んだのですが、そのコンセプトは、(1)6社7サービスで共通に使えること、(2)電子マネーとして使えること、(3)カードはクレジットカードの大きさでバッテリレス、というものでした。サービス開始は97年ですから非常に早い。今年ようやくSuicaやICOCAなどの交通系カードが共通利用できるようになりましたが、当初のコンセプトの違いがこれだけの差を生んだといえるでしょう。

奥田 ユーザーの利便性を意識することも大事ですね。

宮永 技術者は自分の専門分野といった狭いところで考えてしまいがちですが、利用シーンをきちんと考えることはコンセプトを明確にするうえで非常に大事です。

 私がコンセプト創造論という講座で強調していることは、カーネギーメロン大学の金出武雄先生の言葉をお借りしているのですが、ダメなのは「玄人発想」、いいコンセプトを実現するためには「素人発想」、でも素人発想だけでは絵に描いた餅になるので「玄人実行」がついてこないといけない、ということです。

奥田 マイクロソフトがノキアを買収しましたが、それを聞いて思ったのが「これからはソフトウェアよりもハードウェアが優先するかもしれない」ということです。マイクロソフトは、かつてインテルとの連合で天下を獲りましたが、次はハードかなと直感的に思っているんです。ハードの時代になれば日本のメーカーの出番がありますから、これからはいいかもしれない、と。

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