<ルポ>ソフトウェアの甲子園、「プロコン」をめぐる高専の熱い戦い

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2005/10/17 23:51



 「プロコン」というイベントをご存じだろうか。全国62校の高専(全国高等専門学校)の生徒たちが、年に一度各地から集まって開催しているプログラムコンテストのことだ。1年近い時間をかけて磨きに磨き抜いた作品の技術レベルは高い。予選を勝ち抜いて、本戦に出品できるのは、課題部門が20チーム、自由部門が20チーム。最優秀賞には、文部科学大臣賞が与えられる。だから、生徒達は誇りをこめてプロコンを、「ソフトウェアの甲子園」と呼ぶ。豪腕の快速投手あり、珍プレー、好プレーありの、ソフトウェアの甲子園をのぞいてみた。

●街に活きているコンピュータ

 16年目を迎えた「プロコン」。今年の会場は、鳥取県の米子コンベンションセンターだ。10月9日-10日の2日間、予選を勝ち抜いた59校99チーム、約300人が集まった。初日は、課題と自由部門の40チームがブースを並べたデモや、プレゼンテーション審査などが行われる。

来場者でにぎわう展示ブース。
わきあいあいの雰囲気あり、熱い議論ありとかなりの盛況

 展示ブースで、不思議なものを見つけた。パソコンや計測装置などが目につくなかで、そこだけは飛んだり跳ねたりと、体育会系の雰囲気が漂っている。展示タイトルは、「Health me !! ―効っくボクサーへの道―」(審査委員特別賞受賞)。金沢高専の作品だ。スクリーンを前に、パンチやキックを繰り出したりと忙しそうだが、よく見ると腕や足にはベルトに巻かれた計測器がついている。実はこれ、加速度センサー。スクリーンに投影されるボールに向かってパンチを出すと、パソコンが速さや方向を測定。さらに消費カロリーまで算出してくれる。ゲーム感覚で楽しめるダイエットマシンというわけだ。


手足と腰に加速度センサーをつけて、スクリーンから飛び出してくる物体にひたすらパンチと蹴りを繰り出す。これもダイエットと思えば

 プログラムコンテストといえば、素人にはわかりにくい難解なアルゴリズムや処理速度の速さを競うイメージを抱きがちだが、高専の「プロコン」はちょっと違う。「プログラムの優劣そのものよりも、生活や社会との関わり合いの中で、コンピュータをどう生かせるのかという独創的なアイデアや提案力を備えていることが基本的な条件」(第16回プロコン副委員長・山崎誠教授)という。ちなみに今年の課題部門の統一テーマは、「街に活きているコンピュータ」。

●「困った」を助けてくれる秘書として

 それだけに、出品作には、災害時の緊急対策システムや障害者の介護、サポートといった時代を反映した提案が多かった。その一つが、熊本電波高専の「気配りコンセルジュ―視聴覚障害者の『困った』のための音声案内―」(審査委員特別賞)。

 最近では、GPSやPDAを活用して、目の不自由な人たちが街を安全に歩けるガイダンスシステムが開発されている。ところが、目的とする施設や建物に到着した後に、「困った」が発生しやすい。たとえば病院の広いフロアで受付の場所がわかりにくい。あるいはトイレの場所はわかっても、どの個室が空いているのかがわからないといった問題だ。

 この作品では、建物内に赤外線の情報通信ユニットを設置することで、PDAを携帯した視聴覚障害者がスイッチを押すと、「○○病院につきました」と音声案内で施設の名前を確認できる。施設内のトイレに行きたい場合も、ボタンを押すことで音声で場所を知らせ、さらにトイレに入ると個室の人感センサーの信号を受けて、「奥の個室が空いています」と丁寧に教えてくれる。システムに「コンセルジュ」という名前が付いているとおり、体の不自由な人の秘書がわりになるシステムだ。


開発した「気配りコンセルジュ」と熊本電波高専チーム(左)/PDAを建物入り口の赤外線ユニットに近づけると音声でガイダンスする(右)


●「人だかり」ができているサイトががわる!

 会場の中で終始人混みが絶えなかったのが、「Antwave―超次元コラボレーションブラウザ―」(自由部門最優秀賞)。津山高専の作品で、リーダーの井上恭輔君は昨年、文部科学大臣賞を受賞した。今回も大本命とあって、他校の生徒や視察に訪れたIT関連企業のプロたちがひっきりなしブースを訪れ、突っ込んだ議論やロジックに関するやりとりが熱く交わされていた。タイトルだけでは内容がわかりにくいが、ブースのイメージ写真には「それは、君を感じるインターネット」というなかなか心憎いキャッチコピーが掲げられている。


「Antwave」の展示ブースと津山高専の井上恭輔さん

 インターネットのネットサーフィンでは、チャットやメールで見知らぬ相手とのコミュニケーションを交わすことはできる。しかし、言葉を交わさなくても、一緒に道を歩いているような「信頼感」や「何気ない足取り」を感じることは難しい。

 この作品は、ハイブリッドP2P(ピア・トゥ・ピア)技術を活用した「グリッドブラウジング」というコンセプトを提唱している。ブラウザ同士を相互に接続し、他の利用者の検索の経路やさまざまな情報を交換しながら、ネットサーフィンを楽しもうという新しいネットの世界だ。これを使えば、あるサイトのページを検索した人たちが次にどんなページに移動しているかという「道筋(経路)」を図式化して、「人だかり」ができているサイトを知ったり、自分が気づかない人気サイトに容易にたどり着くこともできる。

 また、知りたいことがあるのに、うまい検索キーワードが思い当たらないという時にも便利だ。とりあえず思いついたキーワードを入れてみれば、他の人たちがそれに関連したどんなキーワードを入力したという一覧が表示される。「先人の知恵」を頼りに自分が知りたい情報に行き着くことができる。

 「Antwave」は、専用のサーバープログラムはなく、PHPで記述されたサーバーサイドスクリプトで構成されているため、Webサーバーさえあれば学校やサークル、友人同士などで手軽にこうした新しいブラウジング環境を楽しむことができる。「プロコン」という枠を超えて、明日のネットの世界を変革させる可能性を秘めた作品という印象を受けた。

 「Antwave」は、見事に今回の自由部門の最優秀賞と文部科学大臣賞を受賞。2年連続受賞となった井上君は、現在津山高専の5年生。来年からは2年間の「専攻科」に進み、いずれは大学院でP2P技術を用いたコミュニケーションツールの研究に取り組みたいという。


サイトを検索した人たちが次にどんなページに移動したかという道筋が図式される。
太い道は通った人が多く、細い道は人が少ない


●そうそう、こんなものがあれば便利だね

 課題部門での文部科学大臣賞を受賞したのは、鳥羽商船の「お洗濯とりこMail」。「街に活きるコンピュータ」という課題に対して、社会や環境という視点からさまざまな作品が出品されたが、身近な生活に即した提案が高く評価された。内容はタイトルを見ただけでもわかる。そう、そう、洗濯物を干したまま出かけた時などに、こんなのあれば便利だよね、と誰もが納得するアイデアを形にした。そうした柔軟な発想力が受賞の理由だ。

 システムは、USBカメラ2台、温湿計、風力計、雨感知器に、メールシステムで構成されている。センサーの情報から雨が降ってきたと判断すれば、洗濯物を吊したロープをモーターでたぐり寄せ、ビニールシートで覆われた囲いの中に取り込んでくれる。また、風が強い、カメラに不審者が写ったなどの情報が得られた場合は、利用者の携帯にメールで警告も送ってくれる。

 他にも、さまざまな技術やアイデアを生かした作品が数多くあったが、日常の生活の中に自分の技術をどう生かせるのかという「プロコン」の精神を具現化したという意味では、最もふさわしい作品が最優秀賞に選ばれたといえるかもしれない。来年の「プロコン」は、10月7日、8日、茨城県に舞台を移して開催される。
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