東京五輪で披露か? ANAの「自動運転バス」に乗ってみた

 全日本空輸(ANA)とSBドライブ、先進モビリティ、ビーワイディージャパンは1月22日、羽田空港の制限区域内における大型自動運転バスの実証実験を報道陣向けに公開。実際に参加して乗ってみた。ドライバーが補助的に同乗する「自動運転レベル3」の実験では、障害物のある建屋沿いを作業員や作業車が行き交う中、また、すぐ近くに飛行機がある中をスムーズに走行した。最新の自動運転の仕組みを紹介しよう。

羽田空港の制限区域内を自動走行する報道陣を乗せたバスの車内

一般ユーザー乗せた試験運用目指す

 全長12m、定員57人乗りの大型バスは、中国・深センのBYD製「K9RA」。バッテリ容量324kWhの電気バスは、走行時のCO2排出量がゼロなので環境に優しい。災害時にはVtoL(vertical takeoff and landing)給電で電気を確保することもできる。連続運転の距離は250キロメートルだ。

 電気バスの採用は、環境負荷を軽減するだけでなく、低振動や低騒音による乗客や乗務員のストレスの軽減も狙っているという。
 
BYD製「K9RA」の大型電気バス

 ANAは今回の実証実験にあたり、このバスを購入して所有した。一歩先の飛行機の搭乗者や空港の従業員を乗せる試験運用を2020年内に実現するため、より実用化に近い形でさまざまなデータで知見を得るためだ。海外から多くの訪日外国人がやってくる東京五輪・パラリンピックで披露したいという思いも当然あるだろう。

 ANAが五輪のオフィシャルパートナーとして20年以降の未来へのレガシーをつくっていきたいという思いを込めたキャッチフレーズ「HELLO BLUE, HELLO FUTURE」の文字が、バス後方に大きくラッピングされていることからも、試験運用の実現に向けた強い思いが伝わる。
 
東京五輪・パラリンピックで試験運用を実現させたい思いが伝わる「HELLO BLUE, HELLO FUTURE」の文字

 このバスの外側と内側に、先進モビリティによる自動運転システムに関する多数のセンサーなどが搭載されている。自動操舵装置や電気ブレーキシステム(EBS)、GNSS受信機、ジャイロセンサー、障害物センサー、走行制御や認識処理のコンピューターなどだ。

 中でも重要な役割を果たすセンサーが、バスの外側の正面1カ所、左右2カ所、後方1カ所に設置された、マッピングしながら自己位置情報を推定するSLAM(Simultaneous Localization and Mapping)だ。
 
バスの正面に搭載されたSLAM

 SLAMはロボット掃除機など自立移動型ロボットに採用されている技術で、レーザーレーダー(LiDAR)による点群で周囲の環境の地図を作成しながら自分の位置を推定する。何度も同じ場所を通って学習すればするほど、マッピングの精度が上がっていく。
 
左右2ヵ所にもSLAMを搭載
 
後方に搭載したSLAMと遠隔運行監視用のカメラ

 バスの中には実証実験でさまざまなデータを取得するためのPCとモニターが設置してある。そのモニターにSLAMを搭載したバスが、周囲の障害物をリアルタイムに描きながら走行している様子が確認できる。
 
青色の部分が走行中のバス。SLAMで周囲をマッピングしながら走行する

GPS、SLAM、磁気マーカーの組み合わせ

 自動運転の走行方式には、SLAMのほかGPS、磁気マーカーなどがある。それぞれ一長一短があるため、状況に応じて組み合わせることが大切だという。GPSは広域の把握に適しているが、空港のようにボーディングブリッジや建屋下の走行が多い場所では、衛星からの信号を遮ってしまう。
 
 
ボーディングブリッジや建屋下の走行が多い空港はGPS泣かせ

 そのため周りの障害物を把握しながらマッピングするSLAM方式を組み合わせている。しかし、例えば滑走路のど真ん中のように周囲に建物や障害物がないところでは、SLAMの精度が落ちてしまう。高速に発射するレーザーが障害物に反射して得られる信号から周囲の環境を把握するからだ。

 もっとも正確なのは、道路に敷設した磁気マーカーを読み取りながら走行する方式だという。だが、走行ルートごとに磁気マーカーを敷設するコストの問題や、自由な走行ルートを決められないという弱点がある。このように、各方式の長所を重ねながら自動運転システムを設計することにポイントがあるようだ。

AIと車内カメラで転倒事故を防止

 さて、車内にいるドライバーは自動運転レベル3で補助的に同乗するだけ。実際の運行管理はSBドライブの自動運転車両運行プラットフォーム「Dispatcher(ディスパッチャー)」を採用している。バスの車外に7カ所、車内に7カ所の計14カ所に設置されたカメラのほとんどが、このディスパッチャーを使って遠隔監視しながら運用するためのものだ。
 
車内のカメラは遠隔監視のDispatcher用がほとんど

 SBドライブによると、バスの事故の3割が車内で起きるという。発車時や走行中の移動で起きる転倒などが多い。そのためディスパッチャーでは、カメラでとらえた乗客の頭の移動の異常をAIが検知してアラートを出す。AIが危険を察知すると「手すりにおつかまりください」などの車内アナウンスを自動で流して事故を抑制する。
 
ディスパッチャーによる遠隔監視のオペレータ

 遠隔のオペレータが常に監視しているわけでなく、アラートが出た時に確認する。こうすることで一人で複数台のバスを遠隔監視することができる。バスの運転免許を保有するドライバーの減少による人手不足をカバーするわけだ。ちなみに、通信は4G LTEで行われているため、映像の遅延は約1秒だという。

 オペレータのモニターを見ると、ドアの開閉やハザードランプの点滅、クラクション、ワイパーなど遠隔から操作できるボタンが確認できる。こうした機能は、他の車種と接続するときなどに追加したり、減らしたりが自由にできる。また、車内と音声によるコミュニケーションをとることもできる。
 
ドアの開閉やハザードの点滅など遠隔で操作できる

 バスの乗り降りの安全を確保するため、バス側には添乗員が安全を確認した後、スマートフォンのアプリ操作で発車指示を遠隔オペレータに出すようにしている。

 もちろん、エンジンやブレーキ、エネルギー、障害物検知などさまざまな走行中の情報もリアルタイムで取得している。
 

 バスの車内は説明員の声がしっかりと聞き取れるほど静かだった。バスを走行ルートに乗せるときや大きく旋回するときなど、ところどころドライバーが手動でハンドルを切る場面もあったが、定点間の走行ルートではドライバーがハンドルから手を放しても対向車と問題なくすれ違ったり、前方の車との車間距離を保ちながら安全に運行していた。

 約20人ほどの報道陣を乗せた大きなバスが、先ほど見た遠隔操作の部屋からの監視や指示で走っていると考えると少し不思議な気持ちになったが、自動運転の技術力の高さを確認することができた。(BCN・細田 立圭志)