新しい発見から、新しいモノが生まれる――第64回

千人回峰(対談連載)

2012/03/26 00:00

武藤 佳恭

慶應義塾大学 環境情報学部 教授 武藤佳恭

構成・文/谷口一

 世界の企業が行列をつくるという武藤教授の研究室。東日本大震災のあの激しい揺れにも、なぜが本一冊も落ちなかったという壁面の書棚。床にはこまごまとしたモノが所狭しと置かれている。格別高価そうなものは見当たらない。しかし、ここから、世界が注目する知恵の結晶が生み出されているのだ。目の前で繰り広げられる驚きの実験の数々。こんこんと湧き出るアイデアの源泉はどこにあるのか。独自の視点から、“ものづくり”へのこだわり、そして日本の学生、日本の将来など多岐にわたって論を展開していただいた。【取材:2011年10月19日 慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパスにて】

「日本というのは実はエネルギー大国なんです。マグマの熱って、1000℃もあります。九州の霧島連山にある新燃岳のマグマだまりだけで、日本の原子炉の何基分もの発電ができるんです」と武藤先生
 
 「千人回峰」は、比叡山の峰々を千日かけて歩き回り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借しました。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れることで悟りを開きたいと願い、この連載を始めました。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
株式会社BCN 社長 奥田喜久男
 
<1000分の第64回>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

世の中には説明がつかないことがいっぱいある

 奥田 世界の企業が行列をつくるという研究室の主である武藤先生ですから、エピソードも多いと思いますが、最近のことでなにかありましたら、そのあたりからお聞かせいただけますか。

 武藤 最近、一番驚かれたのが、3月11日の巨大地震ですよ。あの3週間くらい前から、でかい地震がくると言っていたんですけど、誰も信じてくれないから、地震予知の専門家にメールしたんです。それから、実際に地震が起きて、彼から「脱帽」と書いた返信メールがきました。

 奥田 地震を予知できたということですか。どういうふうにわかるのですか。何か現象が見えるんでしょうか。

 武藤 ざわざわとした気配を感じるんですね。地震でたくさんの人が亡くなるのがわかるんです。

 奥田 かなり鮮明なんですか。

 武藤 鮮明です。それがなんで地震かといわれても、はっきりとは答えられませんが、なんとなくわかるんですよ。でも、止めることはできない。地震が起きる場所もわからない。何日ということもわからないけど、近いというのはわかるんです。3週間くらい前からざわざわが始まって、3月11日はこの研究室にいたんですけど、地震が起きる10分前くらいに、ああ、ついにくるなとわかって、その時に、お客さんが8人くらいここに座っていたんですけど、僕の顔を見て、「また冗談を」と軽口を叩いていたんです。そうするとグワッと揺れ始めてみんなびっくり。こんなに棚に本や雑誌があるのに、これが何にも落ちなかったんです。あの揺れで。それでお客さんがまたびっくりしたんです。「どうなってるんですか」って。

 奥田 この本棚をみていると小さな地震でもバラバラと落ちそうですけど。

 武藤 ここには同じような研究室が並んでいますけど、物が落ちなかったのはこの部屋だけなんです。

 奥田 本当にどうなっているのでしょうか。

 武藤 理由はわからない。

 奥田 そうなんですよね。理由がわからないようなことがあるんですね。でも、そういうことを感じる人はおられるんです。本当におられます。なぜがわからないけど。
 

必要なときに必要なモノがくるようにする

 武藤 ぼくの祖父って、有名な超能力者です。もうとっくに亡くなっていますけどね。この人は超ヤバイですよ。ぼくの場合、地震予知も何月何日何時ってわからないんだけど、この人は何月何日何時、場所までわかるんです。

 奥田 その血を受け継がれているんでしょうか。どんな方だったんですか。

 武藤 ぼくはね、中学3年生の時に、遊びにおいでっていわれて、1か月ほど東京に滞在したんです。何日かして、旅行に連れってあげるっていわれて、でも、祖父はお金をもっていないんです、いつも。だから、「お金はどうするの?」と聞いたら、「ないけど大丈夫」って言うんです。そんなわけはないと思っていたら、出発前にちゃんとお金をもってくる人がいるんですよ。それで切符を買っていくんですね。ホテルや旅館の予約もまったくなしです。

 奥田 なんか仙人みたいな人だったんですね。

 武藤 それで、はじめて京都にいったんですね。そこでいろいろ回って、「どこに泊まるの?」って聞いたら、また「大丈夫」って言うんです。そして、古い老舗の家に入るんですね。すごいご馳走が出てきて、食べてると、だんだん夜になるんですよ。どこに泊まるんだろうと心配していると、「じゃあ、ここに泊まってください」って家の人が言うんですね。すべてがそんな乗り。なんなのって感じでしたね。

 奥田 うらやましい話ですね。

 武藤 祖父がぼくに言ったことは、「必要なときに必要なモノがくるようにすればいいんだ」というひと言でした。

 奥田 けだし名言ですね。

 武藤 余計なモノはもたなくていいといつも言っていました。祖父は、ぼくが幼稚園に入る前から、会うたびに言うことが決まっているんですよ。「お前、何のために生きているのか考えろ」とか「地球になんで人類がいるのか考えろ」とか。会うたびに、何度も。

 奥田 武藤先生が3、4歳の頃からということですね。

 武藤 そうするとこういう人間になってくるんです。幼稚園児の前から言われ続けているんですから。

 奥田 武藤先生の原点はそういうところにあるんですね。今のお話をお聞きして、先生の不可解さは増しましたが、先生の知恵の源泉のようなものを感じることができました。ではいよいよ本題の“ものづくり”に話を移らせていただきます。
 

若い才能は世界のトップレベル

 奥田 先日、テレビで先生のことを拝見しました。先生は体温で発電する仕組みや温泉での温度差発電、JR東京駅の改札口で実験が行われた“人が歩けば電気が発生する”という発電床など、ユニークな発明・ものづくりで、超がつくほど有名でいらっしゃいます。先生の“ものづくり”に対するこだわり、そして考え方についてお聞かせください。

 武藤 “ものづくりへのこだわり”こそが、一番大事なんですよ。それを今やらなくなってきているのが、日本の大企業です。だから、どんどん“ものづくり”の力を落としている。実際に僕と議論できる技術者が少なくなってきた。寂しい話ですよ。

 奥田 そこのところをもう少し詳細にお話しいただけますか。

 武藤 すべてアウトソーシングで、自分ではやらない。スペックさえも外に出しちゃって。だから議論もできないんです。今売れているスマートフォンなんかについても、僕が「ここのところが難しいよね」って言っても、メーカーの人は理解できません。自分ではやらないのだから。

 奥田 先生の場合は、すべてご自身でものづくりをされるのですか。

 武藤 ハードウェアからOS、アプリケーション、ファームウェア、何でも自分でやります。基本的には、どんなものでも一週間あればプロトタイプの製品ができあがります。

 奥田 先生は何か特別の存在のような気がしますが、今の学生はどうなんでしょう。

 武藤 ものすごく優秀な学生が集まってきますよ。世界大会に招待されて出ていくような学生が何人かいます。僕の研究所には十何人しか学生が在籍していないのに、そのうちの数人はめちゃくちゃ優秀で、世界のトップレベルの能力をもっています。

 奥田 そんな優秀な学生を輩出するために、どういうふうに教え込んでおられますか。

 武藤 いや、教え込むという感じではありません。やる気があるから、自分でがんがんやっていく。だから、僕なんか左うちわです。

 奥田 そういう子どもたちが集まって大学や専門学校で学び、やがて日本の企業に就職しますよね。そういう優秀な子が多いのに、なぜ日本の企業は、ものづくりに弱くなったのですか。

 武藤 ビジネスと技術は別じゃないですか。これをつなぎ合わせるところがうまくいっていないんですよ。要するに、社長をはじめとする経営層がきちんと理解していないことに原因があるのですね。

 奥田 具体的に、メーカーの経営層は何を理解していないのですか。

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