働くお母さんにやさしい社会をつくることが目標です――第163回(下)

千人回峰(対談連載)

2016/07/07 00:00

上田 理恵子

上田 理恵子

マザーネット 代表取締役社長

構成・文/浅井美江
撮影/長谷川博一

週刊BCN 2016年07月04日号 vol.1635掲載

 上田さんから聞かせていただいたお母さん方の声は、切実で悲痛で孤独に満ちている。「マザーネット」で、悲しみを分かち合えるというだけでも、どれほど心が楽になったことか。「マザーネットは過渡期の会社。ありがとう、役割が終わりました。と言われるのを待ってるんです」と上田さんは笑うが、いやいや、仮に保育園の問題が解決できたとしても、悩める人は世に尽きない。上田さんの活躍は終わるところがないと踏んだ。(本紙主幹・奥田喜久男)

2016.5.11/BCN会議室にて
 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第163回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

上田さんが有給休暇を取って、うちの子どもをみてください

奥田 1994年に立ち上げられた「『キャリアと家庭』両立をめざす会」には、たくさんのお母さんから反応があったとうかがいました。

上田 2万件の悩み相談が寄せられました。手紙、実家のFAX、電話も自宅のを開放して、夜、自由に電話してもらえるようにもしました。

奥田 いろいろな電話がかかってきたんじゃないですか。

上田 きましたね。中小企業に勤めている派遣社員の方だったんですけど、「上田さんは大きな会社に勤めてて有給休暇もあるだろうから、上田さん有給取って子どもみてください」と。昨日自分が休んで、今日夫が休んでいる。明日自分がまた休んだらクビになる。だから上田さんが休んで子どもみてくださいって。

奥田 そこまで言うということは……、う~ん、お知り合いの方ではないですよね。

上田 全然知らない方です。でも、本当に困っておられたんだと思います。電話しながら子どもさんが電話の後ろで泣いていました。せっかく決まった就職がクビになってしまうって。電話口で本当に切実でした。本当に困っているときにお役に立てていないことに矛盾を感じ、思い切って会社を退職し、2001年に「マザーネット」を創業しました。

奥田 どんな思いでつくられたのか、もう少し聞かせてください。

上田 「働くお母さんにやさしい社会をつくりたい」という思いです。実は、マザーネットはあくまで過渡期の会社だと考えていて、いつか社会がよくなって、「マザーネットさん、お世話になったけど、もうお願いすることはなくなりました。ありがとう」って言われて、マザーネットがなくなるというのが一番の目的で始めたんです。でも依頼が減らないので、まだなくなりませんが(笑)。

奥田 終りのない仕事なのですね。事業はどんな形で運営していらっしゃるんでしょうか。

上田 メインの事業は、「マザーケアサービス」です。登録しているスタッフさん──ケアリストさんというんですけど、子どもが急に熱を出した時にお迎えに行き病児のケアをしたり、家族分の夕食づくりや掃除などを行う家事代行などです。3年前から希望の保育所に入ることをサポートする「保活コンシェルジュサービス」も始めました。

奥田 それはどんなサービスなんでしょう。

上田 企業から費用をいただいて、マンツーマンで社員が希望の保育園に入るまでをサポートするというものです。この4月に無事復職された方がいらしてずいぶん減りましたけど、現在で20社、198人の方をサポートしています。

奥田 スタッフとして働いている方はどのくらいいらっしゃるんですか。

上田 ケアリストさんが、全国で約1200人です。主戦力は50代、60代ですけど、一番上の方は76歳で現役で活躍していただいてます。

奥田 ケアリストさんはボランティアではないですよね。

上田 はい。その人のスキルによって時給が異なりますが、ケアリストの仕事で子どもを育てている方もおいでになります。一方で週1回だけ働きたいという方もいて、一人ひとりのニーズに応じて、コーディネイトします。

奥田 おもしろい仕組みですね。

上田 緊急依頼の場合は、ケアリストにメールを一斉送信します。例えば「神田駅徒歩5分。熱38度5分。3歳のお子さん、迎えに行ける人」と送信し、すぐに駆けつける人を探すんです。
 

困っている一人ひとりを助けたい

奥田 会社を創業される前からカウントすると、活動されて22年になりますね。今一番思うことってなんですか。

上田 保育園を取り巻く状況は、22年前よりひどくなっています。行政も頑張っていて、定員を増やしたりしていますが、それ以上に働き続けたいお母さんが増えているので、間に合っていません。「どうせ子どもは減るんでしょ」とかひどいことを言う方もいますけど、今、本当に思い切って投資しないといけないと思うんです。

奥田 それは企業としての投資ですか。

上田 いえ、国としてです。票を取るためには、どうしても高齢者の人に向けての政策になりますけど、それはおかしいですよね。高齢者も大事だけれど、未来の子どもたちのための投資をしてもらわないと、安心して出産できないじゃないですか。今のままだと少子化が余計に進んでしまいます。

奥田 なるほど。では、「マザーネット」はこれからどうなっていくのでしょうか。

上田 将来的にはチャイルドケア半分、シルバーケア半分という形になってくると思ってます。

奥田 それはいつ頃になりそうですか。

上田 すでに介護保険対象外のシルバーケアは行っています。お料理をつくったり、病院につき添ったり。宝物をみる、とかいうのもあります(笑)。話し相手がほしいという依頼もありますね。

奥田 確かにこれから増えていきそうですね。

上田 去年デンマ・クに視察に行ったんですけど、「エルドラセイエン~物申す高齢者」といって、元気な高齢者が支援を必要とする高齢者を助けるという組織があるんです。

奥田 どんな活動をしていらっしゃるんですか。

上田 いろいろあるんですけど、例えば一人で入院されていて寂しいという方のところに、みんなでお見舞いに行ったり、食欲のない人のために、一緒に話しながらご飯を食べたりするんです。

奥田 それはジジババがジジババを助けるということですか(笑)。

上田 そうです! 80代のおじいちゃんが「エルドラセイエン」の活動で、1週間の予定がびっしり埋まっていて、「自由になるのは1日しかないけど、こんなに予定があるのは幸せだ」っておっしゃっていて。サポートしている高齢者の方がどんどん元気になっていくらしいです。

奥田 そうなんですか。

上田 これからは一人暮らしの高齢者の方が増えていきますから、いろいろな方に向けて、あったかいサービスができたらいいなあって思います。

奥田 ちょっとうかがいますが、上田さん、政治家とかにならないんですか。

上田 考えたこともあったんですけど、やめました。私は一人ひとりと接するのが好きだし、助けたいんです。ずっと活動してきて、常に自分が何が一番好きなのかなって考えるんですけど、私、本当に自分が行って子どもの面倒をみてあげたいんです。

奥田 上田さんが政党の委員長になっているイメージもいいんですが(笑)、やはり今の延長で年を重ねられたほうがいいのかなと、ふと思いました。

上田 ありがとうございます。今、54歳なのでこれから後継者も育てていって、あと20年は現役で頑張りたいねって、同い年の副社長と話してます。

奥田 頑張ってください。心から応援しています。
 


こぼれ話

 以前数回しかあったことのない上田さんと、17年ぶりの再会である。初対面の方以上に緊張した。最後にお会いした時のことを追憶しながら、微笑みながらお会いしよう。再会の瞬間にどんな顔をしようかと思い悩んだ。あれこれ思い巡らしたことが、緊張につながった。

 対談に至った顛末をお話ししよう。数か月前、『週刊BCN』の畔上編集長からメールがきた。「丸ごと女性号を企画したので、『千人回峰』も女性を登場させてほしい」と。それはおもしろそうだ。週刊BCN創刊以来の企画なので、「承知しました」と返信した。さて、と考えついたのが、一度、話を聞いてみたいとかねてから思っていた上田理恵子さんだ。

 どうやって連絡をとったらいいのか。メルアドを探した。古いパソコンを立ち上げてアドレス帳を開いた。ない。「よし、電話をするぞ」。上田理恵子さんでググッた。あった。「もしもし」と電話した。不在だった。少しして折り返しの電話があった。「実はお願いがあります。私と対談をしていただけませんか」「いいわよ」。ことが運んだ。安堵した。丸ごと女性号の刷りあがりをみた。“すばらしい”。いささか自我自賛ですが、週刊BCNの編集部を褒めていただきたい。上田さんほか登場していただいた皆さま、ありがとうございました。