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  • 東海大学名誉教授 オプテック 代表取締役会長・CEO スキルマネージメント協会 理事長 大原茂之

AI、IoT、ビッグデータの時代に、人間が為すべきは“目的”を決めること――第167回(下)

千人回峰(対談連載)

2016/09/08 00:00

大原 茂之

大原 茂之

オプテック 代表取締役会長

構成・文/浅井美江
撮影/長谷川博一

週刊BCN 2016年09月05日号 vol.1643掲載

 人間とコンピュータが、チェスで対戦するシーンが衝撃的だった「2001年宇宙の旅」。映画の公開からまもなく50年になる。マイクロチップの登場からPCの時代を経て、インターネットやスマートフォンが時代の寵児となった。さらに進化するAI、あらゆるものをつなぎ始めたIoT、そして膨張し続けるビッグデータ。ライフスタイルもビジネスモデルも大きく変化する現在、人間は、改めてパスカルの警句を思いみる時を迎えているのかもしれない。(本紙主幹・奥田喜久男)

2016.5.11/BCN会議室にて
 

 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第167回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

つながることで付加価値を生み出すAI、IoT、ビッグデータ

奥田 前回は人間とAIの囲碁の対戦を取り上げながら、人工知能の話をうかがいました。今回は、IoTについてお聞かせください。

大原 IoTの時代というのは、組み込み技術をベースに個々の人とクルマとかカメラとか、それらが全部つながっていくわけですね。クルマを運転している時も、いろいろなセンサやモーター、エンジン類に関する情報が伝わっていき、その状態をみながら、安心、安全にクルマを走らせていく。製品でいうと単独で動くものではなくて、連携して動くことによって、これまでにない世界が実現できるわけです。

奥田 IoTをわかりやすく、一般の方に説明する時、この端末とこの端末がつながっていく、なんていいますけど、そんな簡単なものではないということですか。

大原 いや、それもIoTなんですが、つながることによって、提供者側にも利用者側にもどういう付加価値が生み出せるかが重要なんですね。

奥田 単につながるだけなら、糸でもいいと(笑)

大原 つながるということは、そこで何らかの情報が交換されるという意味でのつながりです。その情報交換によって、どういう付加価値が生まれるか、あるいは付加価値を生み出す仕掛けをつくれるかというところまで、行き着かないと意味がない。

奥田 ということは、どんな付加価値がほしいかを考えるのは……。

大原 人間、あるいは領域を限定すればAIかもしれません。

奥田 ここにもAIなのですね。

大原 ものづくりということを考えても、例えばクルマだったら、3万点の部品をつくる時、その生産調整をどうするかを考えるわけです。一つの工場でつくるにしても、一貫したラインでいくのか、分散させるのか。ものづくりに関するあらゆる情報をすべて収集して、全体を最適化することをマネジメントしていく。そういうことがIoTとAIで可能になるわけです。

奥田 いくつかの企業では、もう具体的に動いているんでしょうね。

大原 例えば風力発電などはいろいろな企業が提案しています。

奥田 風力発電のIoTというと。

大原 風力発電は、風の力で発電するため、いち早く風量や風向を予測することで発電効率を高めるように、プロペラの位置などを制御する必要があります。一方で、強い風がくるとプロペラが折れて、発電機として機能しなくなってしまうんです。風がきたらただちにプロペラの向きを変えるように制御できればよいのですが、プロペラは重いので時間がかかる。そこで、複数の場所で風を観測し、そのデータを解析することで、早めに最適な風向きに制御を行うことができるようになるんです。

奥田 ビッグデータと似ているような感じがします。

大原 組み込み技術をベースとするIoTとビッグデータ、AIとビッグデータ、AIとIoTとビッグデータ、みんなが絡んでくるんです。もちろん、ビッグデータが絡まないというものもあっていいんですが、基本的には三つが絡むことで、付加価値が高くなるんです。

奥田 自動運転はIoTですか、ビッグデータですか。

大原 あれはIoT、ビッグデータ、AIの三つが絡んでますね。自動運転が進むと、今度は道路などのインフラを考えないといけないです。自動運転は単体で考えるより、社会全体で考えないと、なかなかみえてこないかもしれません。

奥田 確かに、基盤事業ですからね。

大原 クルマが走り、その内側と外側に人がいる限り、いかに安全を守るかが必然です。まずは事故を起こさないこと。それができれば、後は人がどう自由に楽しむかというのが自動運転だと思います。
 

“目的”を明確にして、“なぜ”を追求することが重要

奥田 AI、IoT、ビッグデータが絡んだ次世代の製品を考える時には、優先順位が必要であるということですね。ではその順位を考える時に、どんな要素が必要になるんでしょうか。

大原 順位を考える時にも、やはり人間が考える“目的”が重要なんです。例えば、クルマの基本的な目的ははっきりしているんですね。

奥田 事故を起こさない。

大原 いや、クルマの目的は、走る・曲がる・止まる。これがクルマの基本要素で、技術的には組み込み技術に依存します。これらの要素が集まったクルマに、事故を起こさないで走るというもう一つの目的が生じます。その目的を実現することで価値が生まれるわけですが、クルマの目的を果たしつつ、事故を起こさないということを、現在は人間のスキルに依存しているわけです。この依存性を極力小さくして、事故が起きないようにすると、究極的には自動運転になる、という順序になるんです。現在のAIには何を目的にし、価値をどう評価し、実現に向けた戦略を確定することができないんです。

奥田 それはこれからのものづくりにどう関わるのでしょう。

大原 “もの”は、まさに社会を構成する要素であり、つなげるしかけになるんですよね。そういう意味でいうと、ものづくりは、要素とつながりというシステムをつくることになります。そうなると、社会のためにつくるわけですから、反社会的なものではなく、社会が求めているもの、社会をよりよくするものをつくる──。ここがものづくりの大義名分となるところです。では、それをいかに上手にやるかというと、社会が求めている時間内に、社会が求めている機能、シナリオ、品質を供えたものが提供できるか、それを目的とする範囲に伝達、広めることができるか、これらをクリアするようにものづくりは考えなくてはなりません。流通を考えないで、ものをつくってもダメなんです。

奥田 組み込み技術をベースにしたうえで、AI、IoT、ビッグデータで、ものづくりは変わってくるということですね。

大原 間違いなく変わってきますね。ただ、ものづくりだけでなく、社会構造も変わり、人間も進化しなければならないと思います。一番大きいのは、そこかもしれません。

奥田 確かに。社会構造が変われば、ビジネスモデルも変わるし、ライフスタイルも変わりますよね。

大原 だから今後は、その仕掛けをもっている人、コントロールしている人は誰だ、ということになります。

奥田 法律に関してもそうでしょうか。

大原 今の法律は、かなり時代遅れになってきてますから。今、自動運転で問題になっているのは、事故が起きた時に誰の責任になるのかということです。ドライバーの責任とはいえない。

奥田 確かにそうですね。

大原 何か問題が起きていたとすれば、その原因はどこにあるのか。そうなると保険はどうするんだと。

奥田 自動車運転の場合の保険はつきものですから。

大原 責任の所在がわかるならいいんですが、わからない場合にはどうなるのか。

奥田 機能分割の概念が変わりますね。

大原 変わるでしょうね。ですから、ビジネスモデルという観点でも、いろいろなところに波及していくことは予想されます。

奥田 こういう時代だからこそ、“目的”を明確にして、“なぜ”を徹底的に考えることが必要なことがよくわかりました。今日は本当にありがとうございました。

こぼれ話

 対談を終えて、別れ際に二冊の本を薦めてくれた。沢庵宗彭『不動智神妙録』(池田諭訳、タチバナ教養文庫刊)、オイゲン・ヘリゲル『弓と禅』(稲富栄次郎・上田武訳、福村出版刊)。書名を聞き直した。前者はそこそこに頷けたものの、後者はちんぷんかんぷんで、かつオイゲン・ヘリゲルの響きに、ラフカディオ・ハーンを連想した。

 ヘリゲル先生は明治17年、ドイツ・リヒテンアウ生まれとある。ハイデルベルグ大学より哲学博士の学位を受け、戦前の東北帝国大学で教鞭をとる。『弓と禅』の初版は昭和31年だ。入手した本は改版第40刷2015年10月5日発行とある。書籍の帯をみて、知識の貧困さを嘆いた。ご存じの方はニヤリ顔をされたのではないか。「スティーブ・ジョブズの生涯の愛読書!」とある。
 


 一文を引く。「そして弦はぶるんと音を立て、矢はひょうと飛んで行くのである」 そこで師範は「今までにあなたが習得したことは、すべてこの放れのための準備に過ぎなかったのです」と。この書籍のどこがスティーブ・ジョブズの血肉となったのだろうか。ヘリゲル先生も『不動智神妙録』に禅の真髄をみている。組み込みソフトの分野で、必ず名前が挙がる大原先生の技術開発に対する姿勢の根っ子に触れた気がした。別れ際の一言でご自分を表現された。カッコいいと思った。