簡単に理解されず真似できない「変なもの」を作ることこそが先進国の役割だ――第232回目(下)

千人回峰(対談連載)

2019/04/19 00:00

高須正和

高須正和

スイッチサイエンス Global Business Development

構成・文/小林茂樹
撮影/細田立圭志

週刊BCN 2019年4月22日付 vol.1773掲載

 この対談中、山形浩生、伊藤穣一といった、この世界における第一人者の名前が出てきた。出版した3冊の本の解説はいずれも山形さんによるものだが、高須さんにとってのあこがれの存在であり、一緒に仕事ができることはとてもうれしいと率直に語ってくれた。彼らは優秀すぎてとてもついていけないと語る高須さんだが、いずれはご自身もその系譜に連なり、あこがれられる存在になることは、おそらく日を経ずして証明されることになるだろう。(本紙主幹・奥田喜久男)

2019.2.6/東京都新宿区のスイッチサイエンス本社にて

メイカームーブメントは世界のITを下支えする

奥田 メイカーフェアをきっかけに深センとの縁ができたということですが、2014年頃だと反日の空気がまだ残っていたのではないですか。

高須 全然ありませんでした。深センで生まれ育った人は7%ほどで、そのほかは中国じゅうから出稼ぎに来ている若者です。政治問題よりも何よりも、自分の人生を変えることに関心がある。だから、いわゆる中国のイメージや反日感情はまったくなく、それで人口は1300万人。深センは、東京ほどのサイズで若者しかいない驚くべき街なんです。

奥田 私が最初に深センに行ったのは、97年の香港返還の頃でした。

高須 当時の人口は800万人ほどで、その頃はほぼ全員が下請仕事に従事していたはずです。本を書きながら気づいたところもあるのですが、いまの深センでは、下請と自ら商売をしている人の比率が、おそらく半分ずつくらいになっています。

奥田 なるほど。サイズだけでなく、質も高まっているということですね。ところで、メイカーフェアが年間400カ所で開催されているということは、いつも世界のどこかでやっていることですか。

高須 開催されるのは週末だけですから、ならせば毎週8カ所でやっているという感じですね。ただ、海外から多くの来場者を集めるような大きいメイカーフェアはそれほど多くありません。ナンバーワンは、本家のベイエリア(米国西海岸)。そしてニューヨーク。相撲でいうと、この2カ所が横綱です。その次は、東京、深セン、ベルリン、ローマ、台北あたりですね。

奥田 日本にはメイカーフェアのファンはどのくらいいるのですか。

高須 東京の会場には毎回2万人から2万5000人が来場するので、それくらいではないでしょうか。実は、東京とニューヨークとベイエリアだけが有料なんです。

奥田 ということは、それだけハードルが高い。

高須 そうです。チケットを買ってもらって2万5000人というのは、胸を張れる数字だと思います。

奥田 この分野の技術力というのは、IT系の製品を生んでいく下支えになりますか。

高須 もちろんです。メイカームーブメントが米国で盛り上がったきっかけは、アップルです。最初の製品は、ジョブズやウォズニアックが自分で、はんだ付けをして作ったAPPLEⅠで、それを米国西海岸にあったホームブリューコンピュータクラブというマニアの集まりで売ったわけです。それはまさに、メイカーフェアそのものですから。

奥田 なるほど、考えてみるとそうですね。ところで、高須さんの経歴をうかがっているとパソコン世代というよりはインターネット世代という感じがします。

高須 完全にインターネット世代です。後に仕事で秋葉原に行って部品を調達するようなことはありましたが、自ら通ったことはなかったですから。

奥田 ということは、高須さんは何が一番好きなんでしょうか。本を読むのが好きなのか、ソフトを組むのが好きなのか……。

高須 コミュニティーが好きで、そのために情報を出すパブリッシングは好きですね。いま、雑誌などに原稿を書いたり、書籍を出しているのもそのせいだと思います。コストパフォーマンス的にはまったく見合わない行為なので、やはり好きだからやっているんだと思います。あとはプレゼンテーションも好きですから、情報をアウトプットすること自体が好きなんでしょうね。

ひたすら手を動かして「なんだこれ?」を生み続ける

奥田 メイカーフェアや世界におけるものづくりを通じて、高須さんが思うところはありますか。

高須 今後、先進国が完成品で勝負するのは結構つらいということですね。

奥田 その理由は?

高須 誰もが理解できるもの、言葉で説明できるようになったものは、もうどこでも作れるものになったと思います。フェイスブックにしてもツイッターにしても、しばらくは誰も真似ができませんでした。なぜならば、そのすごさがわかっていなかったからです。米国はいまでも「なんだこれ?」というものをたくさん生み続けているから、ずっと先進国でいられるわけです。

奥田 理解できるものはどの国でも作れる、と。

高須 インターネットのおかげで、世界中で技術をキャッチアップする力が上がっていることもその一因です。昔のインドや中国の技術力は大したことはなかったので、いいものさえ作っていれば勝てたのですが、いまはそうはいきません。誰も理解できないけれど、世界で最初に作りましたといったものでしか勝てません。だから、先進国はそちら側に行かないとまずいのです。

奥田 確かにそうですね。

高須 中国はいま、どんどんそっちに行っています。これまでは「中国版グーグル」とか「中国版アマゾン」みたいなものばかり作っていましたが、最近のTikTokのような「なんだこれ?これまでにはみたことないぞ?」みたいなものを作るようになりました。

奥田 その中国に対して、高須さんはどんな印象を持っていますか。

高須 中国は「手を動かす総量」が多いので、今後大きな成長が見込まれると思います。たぶん中国も米国も一緒で、変なことをやる人が多いところが大きなポイントです。変なことをやるためには、変なことを「考えること」より、ちまちまとそれを「作ること」が必要。つまり、手を動かせる人間がどれだけいるかということが重要なのです。中国人と一緒にいると、やはり変なものを作る人が多いし、よく働くし、会議よりも試作している時間のほうが長いことを感じます。

奥田 製品にする前の手数が重要だと。

高須 はい。たぶん、そこで決まると思います。立派なことを言うのは付け焼刃でもできますが、立派なものを作るのは付け焼刃では無理です。だからパワポ(パワーポイント)の資料で勝負するのではなく、作ったもので勝負すべきなんですね。たとえば、深センを代表するドローン世界一のDJIには、「天から落ちてくるハイテクはないし、パワーポイントだけで稼げる富はない」なんてスローガンがあります。

奥田 それは、メイカームーブメントの考え方にも合致することですね。そして「なんだこれ?」というものをつくるべきだと。

高須 そうですね。先進国は新しい一位を作らないと勝てないと思います。つまり、簡単に理解できず、真似されない「変なもの」をどんどん作っていくことが大事です。

 同じ製品作りで競争になると、どう見てもコストの安い発展途上国に勝てません。だから、みんながわかる製品の一位は発展途上国に譲ることにして、これまで世の中になかった製品を作るのが先進国の仕事なのだと思います。

こぼれ話

 約束の時刻、高須正和さんと私は、ほぼ同時に受付に到着した。あっ、この人だと思った。名刺を交換しながらの第一声は、「僕、とにかく忙しいんですよ」。それが耳障りでなく、聞ける話ぶりなのだ。まずはその忙しさの状況をうかがうことにした。多忙ぶりは会話の様子からも伝わってくる。その早口に理解がついていけなくて、対談の冒頭の部分は聞き流しをしていた。ようやくテンポに馴染んできた頃に、「パーツセンターを見てほしいなぁ~」と言われ、エレベーターに乗って移動した。

 ドアが開いて先を歩く高須さんの“なり”見て、「その服どこで買ったの? 中国?」。間髪を入れず返ってきた答えは「ちゅうごく」。あまりの素早い反応とピタリ賞にお互いが笑ってしまった。私の直感には年期が入っている。中国に足繁く通ううちに、日本人と中国人の服の着こなしに違いがあることに気がついた。日本人はピッタリ、キッチリで中国人はユッタリ、フワフワなのだ。考えるに、その違いはブランドとか、ファッションではなさそうなのだ。それは文化ではないかと思っている。いろいろな人の意見を聞いてみた。その意見の一つが腑に落ちている。受験に立ち向かう時などに「日本の人はハチマキや帯で体を引き締めるでしょ。中国では逆に帯を緩めるんですよ」。緩めるとは緊張を解きほぐすことかと、勝手に理解している。中国の偉人画を思い出してほしい。風にたなびく長い髭とともに吹き流しのように膨らむ衣服を着て立つ堂々とした姿を。高須さんの背中の姿にそう感じた。今の深センを最も知っている日本人は彼に違いない。
 
 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
主幹 奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
 
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

Profile

高須正和

(たかす まさかず)
 1974年、埼玉県生まれ。メーカー系広告代理店、中古車流通企業、ソフトハウスを経て、2017年12月、スイッチサイエンスに入社。著書に『メイカーズのエコシステム』『世界ハッカーズスペースガイド』『ハードウェアハッカー(翻訳)』がある。早稲田大学の非常勤講師も務める。