出てこい!パソコンが好きな子どもたち――第158回(上)

千人回峰(対談連載)

2016/04/14 00:00

教員・IT企業経営者座談会

構成・文/谷口一
撮影/津島隆雄

週刊BCN 2016年04月11日号 vol.1624掲載

 「高校プロコン」や「ものづくりコンテスト」などの常連校の先生方と、NPO法人ITジュニア育成交流協会に協賛していただいている企業の方の座談会が実現した。ITエンジニアのタマゴたちを育てて送り出す側と、受け入れて伸ばしていく側、それぞれの立場から、現在の育成現場の状況などを率直に語り合っていただいた。この出会いによって、新しい流れができることを期待してやまない。(本紙主幹・奥田喜久男)

前列左から、山岸貴弘先生(愛媛県立松山工業高校)、三澤実先生(長野県松本工業高校)、下村幸広先生(北海道旭川工業高校)、平子英樹先生(宮城県工業高校)。
後列左から、司会・進行の奥田喜久男BCN会長兼社長、協賛企業の西尾伸雄ドスパラ代表取締役社長、浦聖治クオリティ代表取締役、NPO法人ITジュニア育成交流協会の高橋文男理事長、真木明理事
2016.1.29 /東京・千代田区のBCN22世紀アカデミールームにて
 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第158回(上)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

教員

下村幸広 北海道旭川工業高校

平子英樹 宮城県工業高校

三澤 実 長野県松本工業高校

山岸貴弘 愛媛県立松山工業高校
 

IT企業経営者

浦 聖治 クオリティ 代表取締役

西尾伸雄 ドスパラ 代表取締役社長
 

ITジュニア育成交流協会

高橋文男 理事長

真木 明 理事
 

司会・進行

奥田喜久男 BCN 会長兼社長
 

「旭川モデル」を全国区へ

奥田 下村先生の旭川では、産官学が一体となってコンテストを実施し、パソコン好きの子どもたちを応援していると聞いています。そのあたりからお話しいただけますか。

下村 U-16旭川プログラムコンテストという名称で、もともとは子どもたちをほめてあげる場所をつくろう、パソコンで何かをつくったらほめてあげようということでスタートしました。

奥田 U-16というと、高校1年生以下ですね。

下村 中学生が中心ですが、作品部門には幼稚園児も参加してきました。作品はシューティングゲームで、きちんと点数を表示するし、リセットボタンはあるし、ちゃんとゲームになっているんです。

西尾 幼稚園児ですか!

下村 たぶん家族の支援もあると思いますが……。

奥田 その世代の大会は全国的にみても珍しい試みだと思います。実現するのは大変だったでしょう。

下村 書いたプログラムについて、「こんなレベルで出していいのか」と悩む子が多くて、「何でもいいんだよ」ってアドバイスをしたり……。最初はそんな感じでした。

奥田 工業高校と高等専門学校、中学校の先生、IT関連の企業の方が連携して、町ぐるみで大会を立ち上げられましたが、垣根を越えてのコミュニケーションも大変ですね。 

下村 釧路から旭川に転勤してきたときに、地域のコミュニティの歓迎会に招かれ、IT企業の人たちと知り合って、高校生プログラミングコンテスト(高校プロコン)の話をしたんです。「初めて全国大会に出たけれど、いい大会だった」と。それで、「旭川でもやろう」と意気投合して、大きな歯車が回り出したという感じでした。 

奥田 旭川では5回を数え、釧路でも下村先生が以前、釧路工業高校におられた関係で、すでに2回実施されています。そして、昨年は帯広で北海道大会を開催されました。まさに「旭川モデル」の飛び火ですね。「旭川モデル」がホウセンカの種みたいに弾け飛んで、全国各地で少しずつ芽が出てくるといいですね。

下村 大会を開催すること自体はそんなに難しくないと思います。やりたい子どもをみつけて、その子どもを育てることのほうが難しい。よろず相談所のように、パソコンでわからないことがあったら、いつでも工業高校の生徒や高専の学生が行って、何でも教えてあげるようにして……というようなところから始めたらやりやすいと思います。

奥田 そういった仕組みをつくるところから始められたんですね。

下村 地域に結束力があったというのが大きいです。一人じゃとてもできません。

奥田 U-16プロコンが全国に広がっていけば、小学校、中学校、高校と底上げされて、優秀な子がドスパラさんに入ったり、クオリティさんに入ったりして、日本のIT業界の底上げができますね。

西尾 最初はゲームをつくるという入り口が多いんですか。

下村 うちの生徒は、ゲーム内で使うユーティリティみたいなものからですね。

平子 うちは人の役に立つ、喜んでもらえるものをつくろうということを、先輩からずっと受け継いでやってきていて、そういう思いでやっています。

西尾 それもすごいことですね。成果物はどんなものになるんでしょうか。

平子 例えば、子どもたちが東日本大震災の経験からつくったアプリがあって、地域の防災訓練に使っていただいています。つくるだけじゃなくて、生徒がインストール作業を手伝ったりもしています。

山岸 松山工業のメカトロ部は、高校生技術・アイデアコンテスト全国大会に「緊急地震速報受信時・キー解放コントロールシステム」という作品を出します。地震が起きたときに学校の体育館は地域の緊急避難場所になりますが、夜は鍵がかかっている。それを開けるシステムをクラウドを利用してつくりました。

西尾 目的がしっかりしていて、使われるところを基点にして、ものづくりが始まっているのがすごいですね。

平子 アプリを配信サービスにアップすると、ユーザーからいろいろなコメントをもらえます。子どもたちはそれを非常に楽しみにしています。厳しい意見もありますが、「役に立った」という意見もあり、励みになっていますね。

山岸 確かに、評価してもらうことはすごくありがたいですし、励みになる。

下村 大人に認めてもらいたい、ほめてもらいたいんですね。それが一番だと思います。

平子 ですからITジュニア賞をいただけるのは、非常に誇りなんです。

奥田 U-16プロコンの「旭川モデル」も、まさにそこが出発点だったんですね。
 

【教員】(左から)下村幸広 北海道旭川工業高校、平子英樹 宮城県工業高校、三澤 実 長野県松本工業高校、山岸貴弘 愛媛県立松山工業高校
 

【IT企業経営者】(左から)浦 聖治 クオリティ 代表取締役、西尾伸雄 ドスパラ 代表取締役社長
 

パソコンに触れる子が減った

西尾 最近、パソコンを使う子どもや若者が減ってきていると感じています。実際はどうでしょうか。

三澤 私も感じています。今の子どもはスマートフォンを使っていて、フリック入力は早いんですが、キーボードが打てない。パソコンを触っていないんです。

西尾 やっぱりそうですよね。

三澤 簡単なものは別ですが、ソフトウェアはパソコンを使わないとつくることができません。開発に入る前のハードルは昔に比べてものすごく高くなっています。キーボードの使い方からスタートしないといけない。

奥田 他の先生方はどうでしょう。

平子 部活動の子どもたちをみていると、あまりそうした感覚はありません。でも、パソコンに触る機会は確かに昔に比べて少なくなっています。小学校・中学校で触るのはタブレット端末ですし。

山岸 普通にキーボードに触れて育ってきた子どもたちは、ゲームを卒業してすぐにソフトウェアづくりなどに入ることができました。でも、今はタブレット端末でゲームをやって、ゲームだけで終わってしまう。その先に進むことができない子どもが多いと感じています。

下村 私のところはゲーム好きが多くて、キーボードは日常的に触っているので、キーボードで困ったことはないですね。
 

【ITジュニア育成交流協会】(左から)高橋文男 理事長、真木 明 理事
 

奥田喜久男
BCN 会長兼社長
奥田 地域差でしょうか。

下村 旭川は雪に閉ざされているので、自然にゲームが好きになる(笑)。

西尾 私たちのお客様というのは、セミプロも含めて、ゲームユーザーとそれをつくるクリエイターのお客様が多い。ですから、パソコン好きの子どもたちにアプローチしたいと思っているんです。

下村 旭川工業は、放課後、パソコン室を誰でも使えるようにしています。誰かが何かをつくると、どうやってつくったんだろう、ということになるんです。ゲームばっかりやっている子どももいますが、そこから芽が出ればいいと思っています。

 以前、松本工業のクラブ活動を見学したとき、生徒同士が互いに教え合いながら、一生懸命トータルシステムをつくっている姿を見て感動しました。私がこんなふうになればいいな、と思っていることが、松本工業では実現している。皆さんのところのオペレーションもきっと同じなんでしょうね。(つづく)