吉原刀匠に「ものづくりとは」という、いささかストレートな問いかけをしてみた。一瞬の沈黙の後「使えるもの、実用に耐えるものをつくること」と答えてくださった。「刀にはさらに美しさが備わっています」と私が返すと、「使えるから美しい。そして、姿かたちやバランスがいいからこそ使いやすいのです」と、本質をみごとに言い当てられた。まさに、剣の達人のような鮮やかな切り返し。ものづくりの世界を極めた方だからこそ、そんな言葉が自然と出るのだろう。(本紙主幹・奥田喜久男  構成・小林茂樹  写真・津島隆雄) 【取材:2014.7.23/東京・葛飾区西水元の日本荘鍛刀所にて】

左 いい刀は、研ぎあげたときにちょっと透き通った感じの青さがあるという
右上 表面に白く波のようになっているのが刃文。絵描きが絵を描くように、刀匠は思った通りに刃文を入れることができなければならない
右下 向槌(むこうづち)。鉄を1350℃前後まで熱し、向槌で叩いて不純物をよける。温度が低いと傷が出やすくなる
2014.7.23/東京・葛飾区西水元の日本荘鍛刀所にて
 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
株式会社BCN 会長 奥田喜久男
 
<1000分の第118回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

「折り返し鍛錬」次第でその刀の良否が決まる

奥田 昨年、伊勢神宮で式年遷宮が行われましたが、吉原さんは御神宝太刀の製作奉仕をされています。

吉原 最初につくって納めたのは、昭和45年ですね。このときは昭和48年の第60回遷宮のためのものでした。私は61回、62回と合わせて3回製作奉仕をしましたが、遷宮が終わると翌年から次の遷宮の準備が始まるんですね。刀は60本、矛が60本、それから拵え(こしらえ)までつくりますから、10年ほどかかってしまうわけです。

奥田 式年遷宮は20年ごとに行われますから、ゆっくりしていられませんね。私も伊勢神宮で拝見しましたが、あの太刀は普通の刀とはちょっと形が違いますね。

吉原 直刀といって真っ直ぐな形状で、聖徳太子が提げているような剣ですね。

奥田 実際につくるときには、現物を見ながらやっていくのですか。

吉原 神宮から青写真と材料が送られてくるんです。それで1年以内につくりなさいと。

奥田 それだけで、できるものですか。

吉原 できますよ。仕様が書いてありますから。厚みなど、全部その通りにつくればいいわけです。一応、鍛冶屋のプロですからね。

奥田 直刀をつくる際に、特別なご苦労はありましたか。

吉原 直刀というのは、形だけでなく材料も違うんです。最初は送られてきた材料を使い、2回目からは出雲のほうから仕入れたのですが、簡単にいうと、普通の刀をつくるときに使うものよりも1ランク下の材料なんです。

奥田 それはなぜですか。

吉原 切っ先の形状が普通の刀と異なり、角があります。角があると、焼きを入れたときにそこが割れやすい。そこで、材料のランクを下げて炭素量の少ない柔らかいものを使うんです。それを鍛えるのが、普通の材料で刀をつくるより難しい。鉄の質が落ちるので、含んでいる不純物も多い。それをきれいに取り除かなければいけないのですが、その部分の技術が難しいわけです。

奥田 低いランクの素材であっても、いい素材でつくったものよりきれいに仕上げなければいけない、と。

吉原 そうですね。神宮の太刀に限らず、刀をつくるときには「折り返し鍛錬」という工程を経ます。この工程が大事です。そのとき、鉄を沸かす。沸かすとは温度を上げることですが、実際にグツグツ沸いているような音がするんですよ。そうして芯まで沸かし、中に入っている不純物を抜くのです。

奥田 叩いて抜くのですか。

吉原 叩いただけでは抜けません。1350℃前後まで温度を上げると、中から不純物が溶け出して垂れてきます。それを叩いてよけるわけですね。

奥田 温度やつくり方は、人によって違うのですか。

吉原 それは違いますね。ただ、温度が低いと、傷が出やすくなります。刀づくりで失敗する原因のほとんどは、この折り返し鍛錬の沸かしの部分で起こります。要するに、傷が出るということは、中に入った不純物が抜け切っていないということです。中にゴミがちょっとでも入っていると、傷が出てくる。そうすると、もう刀を潰すしかありません。
 

できの悪いものは残さない あくまで無傷無欠点を目指す

奥田 ところで、プロの刀匠は、自分なりのつくり方を考え、腕を磨いていくというものなのでしょうか。

吉原 自分なりではなく、まずは師匠のつくり方ですね。最初は、習った通りできるようにします。それができるようになったら、師匠のやり方からある程度離れ、そしてそれを破って、自分のものにする。習った通りでは、師匠の作品と見分けがつきません。「これは吉原國家の刀だ」とわかってもらうには、離れたり破ったりして、自分の色を出していかなければならないわけです。

奥田 まさに武道の「守破離(しゅはり)」ですね。それは、刀鍛冶も一緒であると。これは、どんな仕事についてもいえることかもしれませんね。

吉原 そう思います。そうでないと、技術が伝わってこないというか、いいものができてこない。ただ守っていたら、師匠には追いつけません。自分独自のものを出さなければ抜くことなどできないでしょう。

奥田 仕上げのとき、茎(なかご)に銘を入れるのが一番うれしいと聞きますが、三代目國家の銘の入った刀は何本くらいあるのですか。

吉原 國家を襲名したのが36歳のときですから、年間に10本つくったとしても、300本以上はあると思います。

奥田 そのなかで、特別にできのいいものとか、あるいは、自分は気に入らないけど他人がほめたといったものはあるのですか。

吉原 特別にいいものというのは覚えていないけれど、けっこうあると思いますよ。できの悪いものはないですね。

奥田 できの悪いものはない、と。

吉原 できの悪いものは出品せずに潰しちゃいますから、残っていないんです。

奥田 どんなところで失敗作と判断するのですか。

吉原 さきほどお話したように、不純物が残ることによる傷が出たものは失敗作ですね。

奥田 それは素人がみてもわかりますか。

吉原 傷は、素人でもわかります。刀匠のなかには、1㎜の傷であっても気に入らない人と、1㎝くらいまではいいかと思う人がいます。どこまでそれを許せるかによって、その人のランクが決まります。

奥田 ほう、ちなみに吉原さんは?

吉原 私は、傷があると許せないんです。でも、完全に無傷無欠点というのはできなくなりました。まあ95%くらい。5%くらいは何かあるものです。

奥田 でも、無傷を狙っていると。

吉原 目標は無傷無欠点です。若いときからずっとそう考えてきましたから。やはり欠点のないものをつくりたい。

奥田 それは、ご自身の生き方や生活にまで影響を及ぼすことですか。

吉原 生活ではそこまでやりたくない。疲れちゃいますよ(笑)。でも、自分のつくる刀に関しては、無傷無欠点が目標ですね。

こぼれ話


 山道を歩きながら考えごとをすることが多い。考えごとをするには道幅の広い尾根歩きが最適で、晴れ日和ならなおさらよい。今夏のような雨続きの山行では、私の場合は歩くのに心を奪われてしまい、考えることが雨と一緒に流れ落ちてしまう。でも急坂になると手がかりを求めて我に返り、目前を見回す。ちょうど具合のいい持ちやすそうな木の根が見つかる。「ギュッ」と掴んで腰を持ち上げる。「ふうーっ」と息を吐く。山はこの連続だ。手がかりは岩であることもあり、時には鉄だったりもする。感謝しながら手がかりを握り締め、握った時の感触で木の根だ、岩だ、鉄だと認識する。刀匠の吉原國家さんは言う。「刀をつくる仕事をしているときが一番安らぐ」と。鋭く冷たい鉄のオーラが安らぎをもたらすのか。そうではなく、全身全霊を込めて対峙する所作のなかに安らぎを覚えるのか。その域に達して、共感を試みた。すると、過去現在未来の時空を超えた刀鍛冶同士の語らいが聞こえたような気がした。