「グローバリゼーション」が「アメリカナイゼーション」であってもいい――第69回

千人回峰(対談連載)

2012/07/24 00:00

村上 憲郎

村上憲郎事務所 代表/元グーグル 社長 村上憲郎

構成・文/小林茂樹
撮影/津島隆雄

 村上さんが、日本DECからアメリカ本社へ行かれる折にインタビューさせていただいた記憶がある。いまだに鮮明に覚えているのは「奥田さん、日本の共通語は英語にしたほうがいい。オレ、本当にそう思ってるんだよ」という言葉である。大胆、かつ変わった人だと思った。その後、グーグルをはじめとする外資系企業の経営者を歴任され、いろいろな情報発信に触れるうちに、村上さんにお会いしたいと念じていたら、はからずもFacebook上で「村上憲郎」のお名前を見つけることができた。【取材:2012年5月9日 東京・港区のアークヒルズクラブにて】

「今後グローバリゼーションが進むことでしょうが、それがアメリカナイゼーションであってもかまわないのではないかと、“アメリカかぶれ”の私は思います」と村上さんは苦笑交じりで断言する
 
 「千人回峰」は、比叡山の峰々を千日かけて歩き回り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借しました。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れることで悟りを開きたいと願い、この連載を始めました。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
株式会社BCN 社長 奥田喜久男
 
<1000分の第69回>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
 

ボーダレスの世界に近づいていく


 奥田 お久しぶりです。グーグルの日本法人の社長を退任されたきっかけはご病気だとうかがいましたが、すっかりお元気になられたようですね。

 村上 2008年の8月に死にかけました。20万人に1人という難病でしたが、おかげさまで奇跡的に治ったんです。

 奥田 そうでしたか。生死の境界をくぐってみて、心境は変わりましたか。

 村上 どうでしょう。学生時代、京都大学の熊野寮や日比谷の野外音楽堂で、お巡りさんや敵対する党派とのゲバルトで死にかけた経験がありますから、ちょっとやそっとではねえ(笑)。

 奥田 学生運動ですね。その頃のような熱い思いが、最近の言動に現れていますね。

 村上 マルクス主義革命は挫折しましたが、世の中を少しでもよくしたいという志は変わりません。それは、ビジネスの世界でもそうです。私はアメリカのIT産業に長くかかわっていて、いわばアメリカの手先をやっていたわけですが、日本になんらかの貢献ができたとすれば、「アメリカの方向性はこうだから、日本もそれに後れをとるな」と発信してきたことだと思います。アメリカに比べて日本のIT産業はいつも5年後れですが、その差を少しでも縮めたいと思ってきたんですよ。

 奥田 以前、英語の本(『村上式シンプル英語勉強法』)を書かれましたね。英語はこうやって勉強しろ、と。

 村上 日本DECに転社したのが31歳のときですから、実は英語についてはもう手遅れだったんですね。でも、なんとかしなければ仕事にならない。「そこで、私はこうした」ということをお伝えしたかったんです。つまり、手遅れの人間がどうやればいいかと。聴いているだけでOKなんていう教材を買っても仕方ないんです。3年間でいいからぶっ倒れるまでやりなさいと。

 奥田 なるほど、楽にマスターできる方法はないということですね。

 村上 明治の頃、西周(にし あまね)先生といった先達がヨーロッパ語を全部漢語に置き換えてくれて、日本は後進国でありながら高等教育まで母国語で受けられるという希有な国になれた。そのおかげで、私たちは一定レベルの学問を身につけることができましたが、その弊害もあるんです。

 奥田 ほう、どんな弊害ですか。

 村上 昔、JISで情報処理用語を全部西周流に訳したことがあるんです。私も少し手伝った記憶がありますが、コンパイラは「処理系」、アセンブラは「編集系」、インタープリターは「直訳系」とかね。さらには、プログラムは「算譜」、メインプログラムは「主譜」、サブルーチンは「副譜」といった具合で……。

 でも、誰も使わなかった。これは使わなくてよかった。もし使っていたら大変だったと思います。つまり、IT屋は英語と和訳の両方を覚えなければいけないわけですよ。アメリカ人と話すとき、「なんや? その『算譜』っちゅうのは」ということになる(笑)。ほかの学問分野ではそれをやらされているわけですが、それは桎梏(しっこく)ですね。

 奥田 村上さんの発言を追っていて、長い文明史のなかで、今、われわれはどこにいるかという本質的な位置について、一度うかがいたいと思っていました。

 村上 文明史なんておこがましくて語れませんが、あえて語るとしたら、やはりインターネットが今を象徴していると思います。インターネットの特性である「グローバル」ということは「ボーダレス」という言葉に置き換えられます。つまり、国境の意味が薄れて「国民国家」というくくりが溶解し始めるときと捉えることができます。そのボーダレスな状況のなかで、いかにフェアな競争を実現できるかが、一つのカギになる。

 最近感じるのは、物ごとを中央集権的なかたちで計画し、方向性を定めるやり方がうまくいかなくなってきているということです。それは人類の驕りであり、エポックな事象というのは、自然な変化の流れのなかで発生するものだと思います。

 奥田 「グローバリゼーションは、結局はアメリカナイゼーションじゃないか」という批判をよく聞きます。

 村上 それはその通りなんです。ただアメリカが強いのは、自由主義・民主主義・資本主義という理念があって、その理念に磐石の自信をもっていることです。今後グローバリゼーションが進むことでしょうが、それがアメリカナイゼーションであってもかまわないのではないかと、“アメリカかぶれ”の私は思います。学生の頃は「打倒! アメリカ帝国主義」だったんですが……(笑)。

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