新しい発見から、新しいモノが生まれる――第64回

千人回峰(対談連載)

2012/03/26 00:00

武藤 佳恭

慶應義塾大学 環境情報学部 教授 武藤佳恭

構成・文/谷口一

 武藤 技術の面白さとか将来への発展性を感じ、それをきちんと理解することです。企業の取締役というのは、往々にして、新しい商品を自分たちで使っていないことが多い。だから理解していないし、センスがある人も少ない。だけど、日本の会社というのはそういう人たちが判断し、運営する。そんな状態がずっと続いていますね。

 奥田 とはいっても、ものづくりができる優秀な子どもたちは確実にいることは間違いないとみていいのですね。

 武藤 たくさんいますよ。僕はアメリカも知っていますけど、日本は間違いなく世界レベルです。学生の能力は、断然高いですよ。

 奥田 それをうかがって、安心しました。

“目利き”をスポイルする減点主義

 奥田 日本が弱くなってしまった要因については、どのように分析しておられるのでしょうか。

 武藤 日本が衰弱している要因の一つは、僕の分野でいえば、大企業がサイバーの市場に気づいていなかったということですね。

 奥田 サイバーの市場というのは、具体的にはどういう市場なのでしょうか。

 武藤 アップルでいえば、App Storeです。あのストアの売り上げが今年、1兆円を超えます。あれは市場であり、場なんです。アップルはほとんど何もつくっていない。他社がつくっているのですね。場を提供して利益をシェアする仕組みです。FacebookもGoogleも場である、と。この市場に気づいた人が、今、成功しているんですよ。

 奥田 確かにそうですね。場というのはキーワードだと思います。そのほかには?

 武藤 ものづくりをしなくなった企業は、最新の技術動向がつかめていない。頭のいい子はいっぱいいます。でも、上が指示を出せない。基本的に大企業は事なかれ主義なので、部下が新しいことを提案しても、「大丈夫なのか? いくら稼げるんだ」というような、くだらない質問しかしない傾向があります。そこで潰されてしまう。やってみて、初めてわかるものじゃないですか。アップルだって最初から莫大な利益を稼げることがわかってるわけではなかったはずですよ。

 奥田 大切なのは、それでも挑戦するという企業のポリシーでしょうか。ソニーをはじめ、昔は日本のメーカーもそういうチャレンジ精神をもっていたのでは?

 武藤 そうですね。昔はあったと思います。チャレンジ精神を失っただけでなく、企業の減点主義、これは最悪です。減点主義が蔓延して、目利きが確実にいなくなった。

「貧乏ゆすり発電」は参加型

 奥田 厳しい現実があるなかで、先生は世の中のトレンドをどのように捉えておられるのでしょうか。

 武藤 トレンドなんか、まったくみていませんよ。自分がやりたいことをやっていて、世の中が勝手についてきているわけです。今はエネルギー問題が脚光を浴びて、僕が試みてきた体温発電や熱海温泉の温度差発電なんかが話題になっています。

 奥田 エコブームですしね。

 武藤 実は、僕はエコにはあまり興味をもっていません。今、やろうとしている「貧乏ゆすり発電」もエコといえばエコなんですけれど……。貧乏ゆすりの競技会、世界大会をやろうと思っているところです。

 奥田 「貧乏ゆすり発電」のワールドカップですか。面白いですね。

 武藤 こういう面白いことを知恵を絞ってやればいいんです。これって、技術的にいうと参加型になります。貧乏ゆすり発電は、参加型で、しかも競争です。何秒で何ボルトに到達したかというようなね。参加・競争型だからこそ人気が出ます。

 奥田 App Storeも参加型ですね。

 武藤 ネットゲームが伸びているのもそれなんです。「参加」「競争」が新しい発見のキーワードなのです。

物理学者にも原理がわからない

 奥田 次に先生の知恵を具現化した“ものづくり”の具体例や、先生がお考えの日本再生のシナリオなどをお聞かせいただけますか。セキュリティがご専門ということですが、それに限らず多方面で活躍されていますが。

 武藤 僕にぜんぜん関係ない分野で、今、やっているのがスピーカーなんです。7年目ですが、やっとブレイクしてきました。それも日本じゃなくて韓国から。地下鉄の車両に順次入っていく予定です。

 奥田 ソウルの地下鉄ですか。

 武藤 2号線です。日本でいうと山手線のような主力の路線です。騒音がひどい地下鉄でも、このスピーカーなら遠くまで鮮明に聞こえますよ。

 奥田 音を聞かせていただきましたが、実にクリアですね。100m先まで音量がほとんど落ちずに聞こえるんですね。

 武藤 そうです。だから雑踏のなかでは、非常に効力を発揮するわけです。

 奥田 なぜ、先生のご専門と関係ない音響の分野に関わりをもたれたのですか。

 武藤 ある時、寺垣武さんという高名な発明家に呼ばれて、寺垣先生が発明されたスピーカーの音を聞いたんですよ。この音がすごい。ぜんぜん違います。

 奥田 それで音の世界に。

 武藤 そうです。僕のスピーカーと寺垣先生のとで、違うのは重量です。先生のは重いんです。60kgくらいある。僕のは軽くて、イメージは“スズムシ”です。同じ原理でもアーキテクチャーが違います。

 奥田 原理はどうなっているのでしょうか。

 武藤 物理でいうストレス、応力です。ただし、そのストレスがどう音をつくっているのかは、物理学者にもわからない。でも、ものはつくることができる。自然現象のなかに、音の物理学にはない現象があるんです。

 奥田 新しい発見ということですね。

 武藤 だけども、論文を書いても「そんな馬鹿な」で終わってしまうんですよ。それで、ものをつくって社会に出して、「そんな馬鹿な」と言っていた連中を驚かせてやろうと。

 奥田 そうすると、向こう(学会)から「論文を書いてください」と来るわけですね。

 武藤 正面からいってもダメなんですよ。

 奥田 どうして韓国が最初なんですか。

 武藤 日本の企業には、何故こうなるかという説明がつけられないものには触るなという、変な慣習があるんです。そこでまたチャレンジの芽を潰してしまっている。原理がわかっていることなんかありませんよ。携帯電話の電波がどうやって飛んでいるのかもわかっていない。LEDだってそうですよ。なんでこんなに明るくなるのかと質問しても、誰も答えられない。

 奥田 韓国は違うのでしょうか。

 武藤 理屈よりも、モノがよければ採用します。今回も、世界の有名スピーカーを全部コンペで試して、それで僕のが一番よかったわけです。こういう音の自然現象があるのに、日本では否定する。新しい発見があってこそ、新しいものが生まれるのに……。

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