パソコンの低価格化が急速に進む中、破格の激安コンピュータが人気を呼んでいる。学研が6月30日に発売した「大人の科学マガジン24号」がそれだ。特集は「マイコンの時代」で、ふろくとして「4ビットマイコン GMC-4」が付いている。価格は2500円。売り切れ店が続出し発売2週間で既に2万部の増刷が決定したという人気ぶりだ。そこで、この激安マイコンを紹介しながら、パソコンの黎明期をほんの少し振り返ってみよう。

パソコンのルーツ、4ビットのCPUが追体験できる



 パソコンの歴史がスタートしたのは71年。諸説あろうが、インテルが4ビットCPU「4004」を世に送り出した年が始まりと考えていいだろう。それから38年。世の中には当たり前のようにパソコンが普及し、ついに雑誌のふろくにコンピュータが付くまでに、時代は長足の進歩を遂げたわけだ。

 ちなみに、「マイコン」とは、本来「マイクロ・コンピュータ」の略だが、個人でも所有できる「私の=my」コンピュータを表す「マイ・コンピュータ」の略としても使われていた※。70年代の日本では、個人向けのコンピュータの総称として「マイコン」を使うのが一般的だったが、後の81年、IBMが「IBM-PC」を発売したことなどをきっかけに、パソコン(パーソナル・コンピュータ=Personal Computer)という言葉が徐々に広まり、それが現在まで続いている。

※09年8月11日追記:「マイコン」の説明に関し、『「マイ・コンピュータ」の略』とだけ記載しておりましたが、説明が不十分でしたので、マイコンのもともとの意味は「マイクロ・コンピュータ」である旨を加筆しました。

 さて、コンピュータをふろくに付けるという大胆な「大人の科学」は、「元祖ふろく付きマガジン 大人版『科学と学習』」というキャッチで03年4月に創刊、全国の書店で販売している。子どもの頃に同社の雑誌「科学」と「学習」のふろくを毎号楽しみにしていた世代を中心的なターゲットにして、読み応えのある冊子と、手の込んだ「ふろく」が特徴だ。

 これまでも、日本のからくり人形を再現した「ミニ茶運び人形」や異色の楽器テルミンの小型版「テルミンmini」、自宅でも手軽に楽しめる「プラネタリウム」、指紋検出や血液判定などが実際にできる「探偵スパイセット」などのユニークなふろくが話題を呼んだ。最新号の「4ビットマイコン GMC-4」はその中でもトップ3に入る大人気企画だ。実際に使ってみることで、パソコンの黎明期、どんな風に「マイコン」で遊んでいたかが追体験できるようになっている。

不器用な人でも30分あれば組み立て完了



 全84ページからなる大人の科学マガジンの冊子本体は、機械式計算機からコンピュータに連綿と続く「計算機」の歴史や、コンピュータの動作原理なども詳しく解説。前述したCPU「4004」を開発した世界に誇るべき日本人技術者、嶋正利さんのインタビューや、日本のパソコン雑誌の草分け「月刊アスキー」の元編集長、遠藤諭さんも登場するなど、日本のパソコン史を知る資料としても優れたものだ。もちろん、GMC-4の使い方やプログラムも詳細に紹介されている。

キットの全容。基板、電池ボックス兼土台、キーボード用フィルム、キーボード用両面粘着フィルム、ネジ6本で構成

 それでは、いよいよお目当てのマイコンの登場だ。冊子にくっついたダンボール箱を開けると、発泡スチロールのケースの中に、組み立て式のマイコンキット一式が入っている。メイン基板と、それに接続されたスピーカー、電池ケース兼土台、キーボードの表面フィルム、フィルムにスキマを作りつつ貼り付けるための両面接着フィルム、あとはネジが6本だ。いたってシンプル。組み立て式といっても、ハンダ付けなどは一切必要ない。

 まず、キーボードとして使うフィルムを両面接着フィルムで基板に貼り付ける。次に電源コネクタを接続し、土台と基板を6か所でネジ止めすれば完成だ。全工程で15分ほど。不器用な人でも30分もあればできるだろう。単3電池3本を入れればすぐに使える状態になる。

完成した本体表側。縁起をかついで数字LED部には「7」を表示させてみた

 キットといえば思い出されるのがNECが76年に発売した8ビットマイコン「TK-80」。この製品がきっかけで、日本でマイコンブームが巻き起こった。日本のパソコンの元祖ともいえる歴史的な製品だ。当時の価格は8万8500円。これは部品1つひとつをハンダ付けして組み立てていくという、本格的なキットで提供されていた。当時は、素人にとって気の遠くなるような作業を克服しなければ、コンピュータは使えなかったのだ。もちろん、GMC-4ではそんな作業の必要はない。

完成した本体裏側。電源は単3乾電池3本。キットの箱に張られていた「対象年齢10歳以上」のシールを貼ってみた
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機械語を使って、プログラムを入力してみる



 本体が組みあがったら早速使ってみよう。本体の構成は、基板上部にある7つのLEDと、中央部の1桁の数字を表示するLED、その下にリセットボタンがある。この2つの間にある黒く丸い部分が保護用の樹脂で、中にCPUが入っている。さらに右側には簡易キーボード。裏側には電池ボックスとスピーカー、メインスイッチがある。裏面のメインスイッチを入れて、プログラムを打ち込んでいく。

中央に見える黒く丸い部分が樹脂に覆われたCPU。現在は4ビットのCPUは販売されていないので、8ビットのシンセサイザー用CPUを4ビットCPUとして流用している

 とはいえ、「C」や「BASIC」のように、人間が読んでわかる言語は使えない。打ち込めるのは機械語と呼ばれる数値だけだ。しかも用意されている命令は、16進数の0-EFまでに割り当られた30種類しかない。例えば、「EA」に割り当てられた命令は「ピーという長い音を鳴らす」だが、こうしたさまざまな命令を組み合わせてプログラムを組み、数値をちまちまと打ち込んでいく。単純な命令しかないが、まさにコンピュータそのものであり、プログラミングの基礎を学ぶ教材にはもってこいだろう。

 試しに一番短いプログラムを打ち込んでみた。行数にしてたったの9行。「乱数音楽再生」というプログラムだ。擬似的な乱数を発生させ、それに伴って音を出すと言う簡単なもの。たった9行でさえ、打ち込む際にはちょっと緊張してしまう。具体的には「B 1 6 4 E B F 0 0」の9文字がプログラム本体。それぞれを順番にメモリに格納していく。数分かけて入力を終わらせた。

フィルムを張る前のキーボード部。造形美を感じる美しいパターン。各パターンをショートさせることでスイッチが入る仕組みだ

 いよいよプログラムの実行実行。すると、妙な音の羅列が再生された。しかも再生するたびに異なる音が鳴っている。なんとかうまくいったようだ。ちなみに、HDDやSSDといった外部記憶装置は一切ない。つまり、せっかくプログラムを打ち込んでも、電源を切ると消えてしまう。昔のマイコンでは当たり前のことだったのだが、このへんは要注意だ。

「ゲーム」という言葉に隠れた「コンピュータ遊び」の起源



 プログラムを書くところから始めて、さらに自分で打ち込んで動作させるのが本来の使い方。ただ、これだとハードルが高いので、誰でも楽しめるよう、既に「サンプルプログラム」が書き込まれている。そのため、簡単な操作でマイコンの動作から楽しむこともできる。入っているのは「電子オルガン」「音階当てゲーム」「もぐらたたきゲーム」「テニスゲーム」「タイマー」「音楽の自動演奏」「モールス電文の自動発信」の7つだ。

たった2500円でコンピュータが買える時代になるなんて、40年前の誰が想像しただろう

 ここで気をつけなければならないのは「ゲーム」だ。現在のWiiやPS3のような、実写と見まごうばかりのすばらしいグラフィックスを多用した「ゲーム」を想像してはいけない。本体にディスプレイをつなぐわけではなく、7つのLEDと数字のLED、スピーカーだけを動かすプログラム。一言でいえば、ものすごく想像力を働かせなければ楽しめない、ある種哲学的ともいえる遊びだ。

 考えてみれば、70年代のゲームといえばそんなものばかりだった。代表的なものは、75年にエポック社が発売した「テレビテニス」。画面こそ家庭用のテレビを使うため「ある程度」はゲームらしいのだが、そこに登場するのは、中央にネットをイメージした一本の「白線」。左右にラケットをイメージした短い「白線」。

 左右の白線をつまみで移動させて、ボールに見立てた「白い点」を「打ち合う」という至極単純なものだった。スコートをはいたウィリアムズ姉妹が出てくるはずもなく、フェデラーの強烈なサーブが楽しめるわけでもない。「点と線」をラケット、ネット、ボールに見立てた水墨画のような遊びだ。それでも、当時のデパートのおもちゃ売り場では人だかりがするほどの人気だった。
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さらに想像力を働かせて楽しもう



 GMC-4のゲームはそのさらに上を行く「見立て」の能力が要求される。ある意味で非常に高度な遊びだ。例えばテニスゲーム。0のキーが左側のプレーヤー、3のキーが右側のプレーヤー。本体写真の上部に7つ並んでいるLEDがコートだ。真ん中のLEDがネット。まずサーブは左プレーヤーからだ。



 「0」を押すと、相手コートめがけて「ボール」を打ち込む。右プレーヤーは、「ネット」を越えた時点で「3」ボタンを押すと打ち返せる。ネットから遠ければ遠いほど速い球を打ち返せるが、一番右端のLEDが消灯してからボタンを押すと、空振りになる……。文字で説明すると、何のことだか全くわからないが、詳しくは掲載した動画を見ていただきたい。それでも何がなんだかよくわからないかもしれないが……。

 「音楽の自動演奏」では、「さくらさくら」を打ち込んでみた。「ビー」というビープ音だけで構成された音楽は、コンピュータが珍しかった70年代は当たり前だった。しかし今となっては悲しいほど貧弱な音だ。しかし、それが逆に哀愁を感じさせ、趣深い。

夏休みの「大人の自由研究」として、コンピュータを操ろう



 今回のふろくGMC-4には、実はオリジナルがある。学研が80年に発売した「電子ブロックシリーズ」の「FX-マイコンR-165」で、当時の価格は1万4500円だった。小・中学生を対象とした製品だったのだが、日本のパソコンの元祖TK-80の発売から、わずか4年で登場した画期的な製品だった。大人の科学のウェブサイトでは、100本のプログラムを収録した当時のプログラム集がPDFファイルで公開されている。GMC-4でも問題なく使えるので、是非試してみたい。

基板に書かれたバージョンナンバー。GMC-4は80年に発売した「FX-マイコンR-165」の動作を完全に再現している

 現在のパソコンは、きれいな画面でアイコンをクリックしたり簡単なキーボード操作で非常に高度で使いやすいソフトウェアを使えるようになった。特に「コンピュータ」ということを意識せずとも、直感的に使えるある種の万能マシンに進化した。

 4ビットマイコンは現在のパソコンとは大きくかけ離れた、ものすごく原始的な存在に見えるかもしれない。しかし、現在のパソコンもこの小さな基板の動作と同じ原理で動いているのだ。確かにゲームや味気ない音楽演奏はショボい。しかしその背後には、プログラムさえ書けば思いのままに動かせるという、広大な「自由」が広がっている。70年代のマイコンブームでは、誰もがそんな自由の予感に沸き立った。

 一方現在では、確かに便利にはなったが、コンピュータを「操っている」という感覚は、極めて薄くなった、あるいはほとんど消え去ったように思う。逆にパソコンに「使われている毎日」に辟易としている人が多いかもしれない。ちょっと時間ができた夏のひと時、小さな世界の大きな自由をめざす大人の自由研究として「コンピュータを操る楽しさ」を実感してみてはどうだろう。(BCN・道越一郎)